FC2ブログ

秘教治療

アリス・ベイリーの秘教治療を紹介しつつ、ヨガの先生の教えを回想する。霊治療、光線エネルギーのまったく新しい知識を織り込んでいきます。エーテルについての知識を広めることを目的としています。

三月十三日のこと(1)

翌朝は、二時に三叉路に行った。心配したほどの混雑はなく、祭りが終わったせいか、人数が減っていた。ガネーシャ神像の広場に並んで待つこともなく、直接ダルシャン・ホールに導かれた。しかし、ホールでは、やはり後ろの方の席であった。サイババの姿を一瞬目にすることができた。八時頃には、葉っぱを重ねてぬいつけて作った器にドライカレーと芋キントンを、参加者全員がプラサードとしていただいた。
 部屋に戻って、すぐに寝てしまった。起きたのは、十時半頃だった。
 十二時には、安田さんと沖縄からきた安里さんと三人で、ダルシャン・ホールに向かった。ホールに向かいつつ、サイババの「またお会いしましょう」という言葉を思い出していた。ひょっとしたら、今日は、サイババが私たちをインタビュールームに呼んでくださるかもしれないと期待した。
 ホールの中では、中央通路のいつもの反対側、つまり私が寄宿舎の学生たちや特別な人たちが並ぶと思っていた、ホールのセンター部分に導かれた。
 私たちのすぐ後ろにインドの、年の頃十二、三才の子供たち三人が並んで座っていた。その中の一人は、私のことを知っているかのように、親しげに話し掛けてくる。三人は、サイババに手渡すための手紙を持っていた。彼らは手紙をサイババに手渡したいので、私から渡してくれますか、と言うから、サイババは必ずしも受け取って下さらないかもしれないから、自分で渡しなさいと言うと、それではババがきたら脇にどいてくれますか、と言っている。
 「もちろんだよ」。と答えた。
 少年たちは、九日の朝、サイババが私の手紙を受け取ってくださったのを見ていたに違いない。私を見る目のまなざしが、親しみに満ちている。
 結局、その日も、期待した通りにはならなかった。
 サイババは、私たちが待機していたホールの右翼の方には、近づくことはなく、住まいを出て女性陣を回ってすぐにインタビュールームに姿を消してしまった。
 ホールから出ようとすると、再び三人のインドの少年たちに出会った。何か強くひかれるものを感じて、その中の一人に英語で書いてある私の名刺を手渡すと、他の二人もそのカードを欲しいと言った。結局三人に私の名刺を渡して、ホールを出た。
 部屋で昼寝をして五時二十分頃に目覚めた。五時四十五分にN7棟の二十五号室で、日本人グループのミーティングがあります、という連絡が入った。
 由比さんという方は、生まれはインドであるが、日本に帰化されて、日本語も達者である。東京のサイ・オーガネーションのお世話をしておられるという。ホテルをいくつも経営されて、このプッタパルティにサイババの博物館を建てるほどの大金持ちであるが、偉ぶったところが少しもなく、腰の低い方である。その人が、ババ様のマハシバラトリ祭でのお話を日本語に訳して伝えて下さった。
スポンサーサイト



  1. 2010/09/01(水) 03:43:13|
  2. 旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<三月十三日(2) | ホーム | 三月十二日(5)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://mimizutoisi.blog134.fc2.com/tb.php/121-300dbf8d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)