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秘教治療

アリス・ベイリーの秘教治療を紹介しつつ、ヨガの先生の教えを回想する。霊治療、光線エネルギーのまったく新しい知識を織り込んでいきます。エーテルについての知識を広めることを目的としています。

テレパシー(2)

テレパシー(2)
8月28日のブログで犬にテレパシーを送る実験のことを書きました。

テレパシーはすべての人が持つ能力とはいうものの、
今のところは超常能力のハシリかもしれません。

テレパシーの原理を深く理解するためには、
より精妙な法則についての理解が不可欠だからです。

チベットのヨギたちが言っていることがふと頭をよぎりました。

「心の準備ができていないのに、
 精妙な法則を知ってしまうよりは、
 無知のままでいる方がよい。
 これまでの人類史では、
 心の準備ができていないのに精妙な法則を知って、
 それを利己的に活用して多くの不幸な事件が起きてきた」という言葉です。

テレパシーは超常能力とは言えませんが、
その入口かもしれません。

秘教治療はテレパシーの一種かその応用であるかどうかはわかりませんが、
これも精妙な法則についての知識が不可欠です。

テレパシーではないかもしれませんが、
催眠術とかマインド・コントロールは精妙な法則についての知識をベースにしています。

しかし、精妙な法則についての知識とはいうものの、
ブーメランの法則という宇宙の基本法について忘れ去られて用いられると大変なことになります。

ブーメランの法則とはエンリケ・パリオス著「アミ 小さな宇宙人」の中に出て来る言葉で、
外界に発したエネルギーは、
宇宙の果てまで行って跳ね返り、
自分に戻ってくるという法則です。
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  1. 2014/08/31(日) 18:21:40|
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蒔いた種の収穫

蒔いた種の収穫

タイトルの言葉は、
イエスが述べた言葉であると新約聖書の中に書かれています。

マイトレーヤの教えが書かれた「いのちの法則」という本には、
最近の世界の政治経済的事件が予言され、
それが悉く当たっていたことが書かれています。

ソ連邦の崩壊、ベルリンの壁が壊され東西ドイツが融合されること、
獄中のネルソンマンデラ氏が間もなく解放されること、
そして、日本か発生源となる株式市場の崩壊などの政治経済の事件の予測です。

物質界で起きる出来事は内界で前もって予測できるとオカルティストは言います。

人間の構造でエーテル体というのがあります。
この体は肉体の基礎となっていて光の体とも言われています。

肉体が実際に病気になる前に、
透視能力者はその光の体の病気になる部分が明るさを失い暗くなると言います。

つまり物質界に現象として現れる前に、
光の体にその現象を予測させる徴しがあらわれるそうです。
世界の光の状態を超常能力でご覧になっているマイトレーヤなら、
物質界で事件が起きる前に予測することは何でもないことですね。
  1. 2014/08/30(土) 13:08:45|
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自然災害

自然災害

オカルティストは、自然災害は人間社会の不安定が原因だという。
これがそうであるかどうかを私たちには確かめようがありません。

以前から不思議に思っていることは、
大学入試の始まる時期、
とりわけ共通一次試験の当日には、
雪が降るなどの天候不順にめぐり合わせることが多いことです。

交通機関がトラブルに巻き込まれて、
受験生が試験開始時間に間に合わないというニュースに接するたびに、
この大雪は全国の受験生が一斉に不安の想念を発する所為かも知れないと私は考えたものでした。

このたびの広島県の集中豪雨による土砂災害は、
現在の地球環境の汚染に対する人々の不安がもたらしたものかもしれません。

天候は大気中のデーヴァによってコントロールされている、
とオカルティストはいいますが、
そのデーヴァというものが今一つわかりません。
物質科学の領域では明らかになっていないものです。

人の集合的想念が、エレメンタルに影響し、
エレメンタルの状態がデーヴァを動かすということでしょうか?

いずれにせよ、私たちの普段の思いから不安が無くなることが望ましいですね。
  1. 2014/08/29(金) 11:08:46|
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テレパシー

テレパシー

私が犬を散歩に連れ出したとき、
時々テレパシーの実験を行いました。

生家の近所は田園が広がっていて、
稲刈りが終わった後などは、
鎖から解き放たれた犬は田んぼの中を自由に駆け巡りました。

犬は大喜びで私から離れ遠くまで駆けていきます。

犬の姿が小さく見えている時、
私は犬の太陽叢チャクラを思い浮かべて、
そのチャクラにすぐに戻ってくるようにというメッセージを送りました。

このメッセージは人間の言葉による考えでもいいですが、
犬が駆け寄ってくるのを待ち構えている私の姿をイメージして送りました。

すると犬は遠くにいても必ずすぐさま駆けてもどりました。

動物にとっての太陽叢チャクラは、
人間のハート・チャクラのように、
テレパシーを受信する中心かもしれません。

犬においてこのようにテレパシーが確かに伝わるものであるなら、
人間においてはもっと精妙なテレパシーができるはずです。

犬を飼っている人は、
機会を見つけてテレパシーの実験を行ってみるといいです。
  1. 2014/08/28(木) 22:51:45|
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自由かパンか

自由かパンか


学生のころ、
生家で飼われていた犬を午後の散歩に連れ出すのが私の日課となっていました。

受験勉強に疲れた頭を休めるのにちょうどよく、
迎えにいく私のにおいを遠くから嗅ぎつけて、
その犬は喜びを全身で表していました。

その姿を毎日見ているうちに、
食べ物を与えてくれる主人よりも、
一時ではあるが自由にしてくれる私の方をより愛しているのではないかとフト思いました。

つまり犬は食べ物よりも、
自由の方がありがたいのかもしれないと思ったのです。

時々食事にも事欠くホームレスの人が、
ワザと窃盗を働いて監獄に収監されて、
無料で給仕される麦飯をありがたく思う人がいるというニュースに接しますが、
いかに食事に不自由しないとしても、
塀の外の広い世界で生きる自由の方が私たち人間はありがたいにちがいありません。

先のブログで、
宇宙はバランスを維持するために、
自然法によって統治されていることを述べました。

私たちのマインドでは感知できない精妙な法が厳然としてあり、
その法を遵守する姿勢が確立されるに従って、
私たちはより広大な世界に生きることができます。

塀は見えませんが自然法を遵守しない人は、
狭い世界にしか生きられないかもしれません。

とりあえずは「マインドに正直に」という法が遵守できるようになることが、
この世界期における普遍的課題かもlしれません。
  1. 2014/08/28(木) 16:07:53|
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苦悩から発せられるもの

苦悩から発散されるもの

先日、「苦しむ者は光と愛を発する」というタイトルの記事を書きました。

この記事を読み返している時、
突如映画「ベンハー」の一場面が記憶によみがえってきました。

それは、
イエスが十字架の上で磔にされ、
ローマ兵にやりで脇腹をさされると、
突如雷鳴が響いて雨が降り出し、
イエスの肉体から流れ出た血が雨水と混ざり、
らい病にかかったベンハーの母と妹が退避していた谷間へと流れ、
そこに幽閉の身となっているらい病患者たちに触れると、
彼らの病がたちまち癒されるという映画の一シーンです。

このシーンは、
史実に基づいて作られたものかどうかはわかりませんが、
イエスのような高い段階に達しているイニシエートの苦しみの中から発せられるものは、
苦悩を持つ者を救い出すという、
オカルトの規則を知る映画ベンハーの制作者が創案したシーンに違いありません。

ベートーベンやモーツアルト、ラフマニノフなどの音楽家たち、
レンブラントやフェルメールなどの有名な画家たちの多くは、
高い段階のイニシエートたちですが、
共通して彼らの生涯のある時期の、
苦悩の後に創造された作品は、
多くの人々の救いとなっています。
  1. 2014/08/27(水) 09:31:07|
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無為自然

無為自然

宇宙のリアリティーはバランス・平安です。

私たちが今目にしている不平等・不安は、
永遠に持続する宇宙のほんの一時のマヤにちがいありません。

このことは、
これまでの生涯で先人たちに何度も聞いてきたことです。

一時のマヤがリアリティーであると勘違いして、
私たちは苦しみもがき、
その状態から抜け出そうと無益な努力をしているかもしれません。

老子は「無為自然」ということをで提唱していたと私は理解していますが、
この生き方こそ究極の目標であり、
宇宙法則に則った生き方かもしれません。

宇宙がバランスによって成り立っていることを理解するなら、
バランスを崩すようなことは意図してはできなくなります。

自我意識で、
バランスを崩すことを行えば、
その崩れたバランスを元に戻そうとする自然の力が働きます。

ビジョンのない私たちは、
蒔いた種の収穫がどのようなものかを知ることはできません。

カルマの法則とか再生誕の法則と言われたって、
そのことが認識できるようになるまでに、
どのくらいの生涯を繰り返すのでしょう?
  1. 2014/08/26(火) 23:28:08|
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苦しむ者は光と愛を発する

苦しむ者は光と愛を発する。


昔の思い出です。
或る公園の池のほとりに松の木が生えていました。

その松の木は幹の高さ1メートルぐらいの所から太い枝を伸ばしていました。
その枝が50センチぐらいの所まで真横に枝を伸ばし、そこで折れ曲がって空の上へとさらに伸びていました。

枝が曲がっている所は人のひじのような形をしていて曲がったひじの角から松やにのような黄色い粉が噴出していて、その粉が大量にたまっていました。

松の枝が天へと伸びた部分の重みに耐えて、その力によって黄色い粉が噴出しているのだろうと想像しました。

松の葉は避雷針のように、プラナを集めるとある秘教の本に書かれていましたので、その松脂のような黄色の粉もプラナの塊かもしれないと考えて、指ですくってなめてみました。

松脂の芳香がして、仄かな甘みを感じました。

私はひじのように折れ曲がったところから噴出しているその黄色い粉を集めて、メチルアルコールとホワイトリカーに漬けて、メチルアルコールに漬けたものは、外用の薬品として虫刺されやけがなどの皮膚のトラブルに用いました。

ホワイトリカーに漬けたものは、内用として腹痛や下痢などの症状にもちいました。

内用のものを使う機会はあまりありませんでしたが、外用のものは虫刺されに度々もちい、とても重宝しました。

今このことを思い出して、植物の松が枝の重みに耐えているせいで、そこから私たちに役立つものを発散するのなら、動物にもそのようなものが分泌されるに違いないと思いました。

熊の胃やサメ肝油、麝香などの分泌物は、厳しい環境を生き抜くために動物たちが発散するものです。

厳しい環境で生き抜いている人は、何を発散しているでしょう?
  1. 2014/08/26(火) 11:11:10|
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法の支配

法の支配

宇宙が法則によって支配されていないと考えることはできません。
無秩序状態の宇宙を想像することができますか?

永遠に持続するためには、
絶えず中心に向かう力が働いているはずです。

もしもそのような力が働かなかったら、
宇宙は偏った状態のまま維持されることになりますから。

私たちの時間の感覚では、
正義と平等がなされない時代が長く続いているようにみえますが、
永遠という時間の感覚の中では
二、三千年はほんの一瞬にしかすぎないです。

その間不正義と不平等の状態があったとしても、
それは一時的な状態ということになります。
不平等と不正義が永遠に続くことはあり得ないということが分かります。

外界を見ると不正義と不平等ばかりが目につきますが、
外界だけでなく内界を見通すことのできる覚者方にとっては、
アンバランス状態は、
振幅の激しい上下運動と見えるかもしれません。

私たちとしては、
過度に権力を握って、
他者を抑圧することが無いようにし、
過度に従順となって、
権威者を横柄にしてしまうことが無いように、
宇宙法則に倣って、
絶えずバランス状態を維持するように心がけるべきだということです。
  1. 2014/08/26(火) 00:44:18|
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ブログの再開

ブログの再開

休止していたブログを再開します。

自然法則


この宇宙が存続しえるのは自然法則があるからだと最近気がつきました。

カオス状態は、
私たちが経験している物質界のごく一時的状態です。

それもカオス状態に見えるだけで、
本当は整然とした状態に戻る前に、
様々なエネルギーを調整している段階ということになります。

自然法則が存在するのは、
もちろんそれを考え出した偉大なる知性が存在することになります。
その偉大なる知性のことを私たちは神様という名前で呼んでいます。

自然法則に戻ってお話しますと、
法とは
とりもなおさずバランスを回復させようとする自然の働きです。

それは振り子の錘が重力の力で左右に揺れるのと同じで、
どちらかに偏ればその反対方向に向かう力が発生するという風に働きます。

直観的にこの宇宙はバランスをとるように自然法則が働いて、
維持されているということに気づきました。

神様が宇宙を統べる方法として考え出したバランスというシステムは、
人間社会で成分法として模倣されています。
  1. 2014/08/23(土) 16:43:51|
  2. あいさつ
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告示

告示



毎日更新していたブログですが、

しばらくお休みします。

これまでいつも訪れてくださった方々に感謝申し上げます。
  1. 2014/08/14(木) 21:32:07|
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五感

五感
私たちの感覚器官は外界との接触を可能にし、
外界を認識することに役立っています。

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚という五つの感覚は、
或る教えの中で人間の構造と関係があると示されています。

よくマインドは魂の目であると言われます。

視覚が顔の一番上部に位置していることは、
人間の原理の中でも最も重要な位置を占めているのに違いありません。

視覚といいマインドといいこれらを正しく洗練させることが、
進化の道では重要です。

目はよく「心の窓」と言われ、
目を見ればその人が洗練された人かそうでないかが分かると言われています。

ところで、
世の中は詐欺行為が横行しているように、
偽我に貢献するもの、
真我を覆い隠すのに役立つものがあふれています。

動物は自分の体が病んでいる時、
本能によってその病から解放されるための薬草を、
自分の味覚や嗅覚を使って見つけることができます。

私たち人間はそのような五感の優れた能力を発揮することはできません。

しかし、視覚即ちマインドだけは動物たちよりも勝っています。
折角発達させたマインドを動物よりも低下させてしまう人もいます。

五感を洗練するには、
優れた芸術作品を見て鑑識眼を養い、
雑音を避け、
味覚や嗅覚を人工物でなく、
自然なものにだけ触れるようにしたほうがいいかもしれません。
  1. 2014/08/13(水) 21:53:26|
  2. 秘教治療
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テレパシーとエーテル体

テレパシーとエーテル体

サイババが「この世には木の葉と同じほどの数の思いがある」とどこかで述べています。
地球上のすべての人の思いを区別して感知することができるアヴァターならではの言葉だと思います。

京都に住むサイババの信者さんの或る奥様は、
探している指輪が見つからず、
思わず「ババさま、私の指輪はどこにありますか」と心の中で叫ぶと、
頭の中で「押入れの扉を開けて、奥の方を探して御覧なさい」という声が聞こえたそうです。

半信半疑で押入れの扉を開けて、
これまで掃除するときに何度も見ている場所よりも少し奥まったところに指輪が転がっていたそうです。

インドにいるババさまの、
神にも等しい全知の力にあらためて驚いたそうです。

頭頂のチャクラが完全に開くと、
このような全知の能力が目覚めるということがチャクラの情報を伝えるヨガの本の中には書かれています。
人間の中には秘められたパワーが眠っていると秘教は伝えています。

霊的に高度に発達したサイババのような方でなくても、
私たちのような通常の人にも、
注意深く思いを観察していると、
初歩的テレパシーと思われることを経験することができます。

そしてこの経験は、
私たちは思いの世界でつながっていて、
肉眼で見ている分離した姿は、
考え方まで分離させる幻影の元となっているということがわかります。

このブログのタイトルに書いた「テレパシーとエーテル体」は、
アリス・ベイリー著作集の一つです。

人間は肉眼で見ているように分離した存在ではなく、
思いを初めとして、
実在である魂は完全につながっているという認識が目覚めるかもしれません。
  1. 2014/08/12(火) 16:01:38|
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マインドの誤用

マインドの誤用

「盗むな」説いても無駄になることが多い盗みを働く人に、
「自分に正直になりなさい」とマイトレーヤが説いたという記事を読んだことがあります。

その訳を考えているうちに次のことに気づきました。

法とは、
物質界の成文法を初め、
スピリチュアル界であるこの宇宙の不文法は、
バランスをとるためのものです。

盗みを働く人は、
モーゼが十戒で取り上げたように、
マインドの誤った使い方をしています。

人類は自分の身を守るために、
これまでマインドを発達させてきました。
つまりマインドの発達は自己保存の動機から出ています。
詐欺を働く巧妙なマインドを持つ人も、
最初から詐欺を働くという動機ではなく、
自分の身を守るという動機から法律の勉強をしたはずです。

その自己保存という動機が意識の中に残っているなら、
マインドを誤用し折角発達させたマインドを、
バランスを崩して再びプリミティヴな状態に落下させることは、
自己保存という動機に反することになります。

世間では振り込め詐欺が横行し、
次々に巧妙な手口が考えだされています。

人間の心理を熟知し根本にある欲望を手玉に取っています。

かなりマインドの発達した人々がこのような詐欺を考えつくと推測されますが、
もし彼らが最初にそのようにマインドを発達させてきた動機が自己保存であり、
法がバランスをとるための手段であることが理解できるなら、
彼らのマインドの発達レベルからそのように推理されますが、
「自分に正直になりなさい」という言葉がけは、
マインドの誤用はバランスを保つ法を冒し、
「自己保存に反する」ということもわかるはずです。

彼らが冷静に考えるならですが。

  1. 2014/08/11(月) 22:40:40|
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意識の共有化

意識の共有化

私のヨガの先生は、
健康問題で相談に来る人たちは、
共通して
「自分の考えはいい。
 相手の考えが間違っている」
という趣旨のことを主張するとおっしゃっていました。

「教養を身に付けて賢そうにしている人ほど、
 そのように思っている。
 自分ではその思いを知的思考だと思っているから始末が悪い」。

色々理屈はありますが、
要するに単純化して言うと「自分はいいが相手は間違っている」という思い方です。

この思い方はメンタル思考ではなく、
感情レベルの思いというべきで、

思考というべきではなく情緒というべきです。

秘教的言い方をすれば、
意識の焦点は太陽叢中心つまり感情の中心にあります。

思いがハート中心から出て来るようになれば、
「自分の思い方は自己中心の思い方かもしれない。
 相手の思い方にも一理ある」という思い方に変わってくるそうです。

そのとき意識の焦点は太陽叢ではなく、
ハート中心に移行しているでしょう。

「自分は正しい相手は間違っている」という思い方は、
個人のレベルだけでなく国と国同士の抗争の中にもあります。

「相手の方にも一理ある」という思い方が一般的となれば、
個人の病気はもっと少なくなるかもしれません。

本当はグループ意識ということで、
意識の共有化ということを述べるつもりでした。

自分の周辺にいる人が感じたことが、
たとえ自分では認識できなかったとしても、
その感じ方を共有して自分の思いとすることがグループ意識ではないでしょうか?
  1. 2014/08/10(日) 15:08:02|
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世界平和と個人の心の平和

世界平和と個人の心の平和

長崎の原爆慰霊祭のニュース報道をTVで見ている間に、
フト世界の平和と個人の心の平和は結びつきがあるという
インスピレーションがやってきました。

世界が平和になるとき個人の心の平和は確立され、
個人の心の平和が確立されるときが世界の平和が確立されるときです。

世界の平和を祈るということは、
私たち自分の心の平和を祈ることにつながっています。

白光真宏会(びゃっこうしんこうかい)の五井先生が始められた
「世界平和の祈り」の活動は、
世界の平和と個人の心の平和の、
深い結びつきについての理解があったと気づきました。

このことは、

占星術の言葉で「上にあるごとく下にある」で言われていることと関連があります。
  1. 2014/08/09(土) 14:05:34|
  2. 秘教占星学
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迷宮

迷宮

パタンジャリのヨガ経典の中に、
「怒りは記憶の混乱をきたす」という句があります。

秘教の知識(情報)を蓄積する前に、
怒りをいだくことがないように、
感情体のコントロールが進化の道の志願者の課題かもしれません。

以前に、
この世界期における人類の普遍的課題は、
マイトレーヤの教え「マインドに正直に」が第一歩である、
という意味のことを述べましたが、
それと同時の感情体のコントロールが必要です。

正義感から怒りを発する人もいますが、
怒りが自分の感情体に生ずる可能性がある人は、
秘教の知識を過度に集めないほうがいいです。

過度の情報は、
私たちを秘教の迷宮に迷い込ませます。

記憶の混乱をきたし、
アイディアが錯綜して正しい判断が難しくなる可能性があります。

その場合にはひたすら瞑想して、感情体を鎮め、
思考の無を心掛けるといいかもしれません。

感情体のコントロールは、
マインドによって行うことができると示されていますが
そのマインドの統御は、
次の言葉が指示している教えに従って行われます。
「マインドに正直に、スピリットに誠実に、肉体に正しい食物を」という教えです。
この教えが、
総合的教えであると思います。
  1. 2014/08/08(金) 15:51:15|
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暗闇の体験

暗闇の体験

岐阜県谷汲山にある華厳寺のお堂の床下には回廊があって、
私たちがそこを巡るとき、
光の全くない暗闇の中を手探りで進みます。

寺院の中にはそのような暗闇を体験する施設を備えている所があります。

これは一体何を意味しているのでしょうか?

形骸化したフリーメーソンの、
イニシエーションを模した式典では、
入会志願者は長老たちの眼前で位階を授けられる前に、
目隠しをされてある種の不安を経験させられます。

本物のイニシエーションでは、
イエスが第四イニシエーションである磔刑(放棄)のイニシエーションを受ける時、
イエスは「エリエリ、ラマ、サバクタニ!」と叫びます。

この言葉の意味の解釈は諸説ありますが、
イエスはこの時全くの闇の中に陥っていたとある秘教の本には書かれています。

チベットのヨギ、ミラレパを初めとして、
啓明を受けた人々は、
その前に必ず闇の体験をしていることが
歴史上の偉人たちの伝記の本には書かれています。

これと関連しているのかどうかはわかりませんが、
先日の不安感というタイトルのブログで、
うつ病を体験する人はそこから回復したとき、
大いなる啓明に出会う可能性があります。

植物が発芽する前に、
種として暗闇の中で長い時を過ごすということは、
この宇宙の決まり事かもしれません。

うつ病にしろ大病にしろ、
人生上の大きな苦難はそれを通り越すと、
「光と愛がもたらされる」
ということを知っておくと勇気がでますね。
  1. 2014/08/07(木) 17:15:16|
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逝く者は

「逝(ゆ)く者(もの)は斯(か)くのごときか」

上の言葉は、
孔子が川のほとりに立って述べた言葉として論語に記されています。

鴨長明の方丈記の
『ゆく川の流れは絶えずして、
 しかも、もとの水にあらず 』という句は、
孔子のこの言葉に触発された句であるとされています。

この句が秘教的に興味深いのは、
水の流れをエネルギーの流れとしてとらえることができるからです。

水が流れることなく留め置かれると、
淀んで悪臭を放つようになり、
気持ちのいいものでではありません。

お金を初めとして、
知識や情報もエネルギーですが、
それらを流さずに一か所にとどめ置くと、
病気になったり何らかのトラブルを引き起こすことが予測されます。

昔ヨガを学び始めたころ、
ある雑誌に次の話が書かれていました。

アメリカの一人の大富豪が心臓病を患い、
今にも死にそうになっていました。
そこに乞食の身なりをした浮浪者が訪ねてきて大富豪に向かって言うには、
『お前の心臓病はお金を貯めこんでいるからだ。
 寄付をすれば命は助かる」と忠告しました。

大富豪はその忠告を受け入れ多額の寄付をしました。
そして死に至る病の心臓病から解放されました。

ある大学の教授は自分の知っていることは価値あることだから、
よほどのことがなければ公開したくないと考えていました。
その知識を学術論文にだけ発表しようと思っていたら、
同じアイディアがもっと分かり易くしてすでに発表され、
書店に並んでいる本の中にあることを知って怒りが湧いてきました。
それでノイローゼとなってしまいました。

こんこんと湧いてくるインスピレーションは、
誰もが飲むことのできる湧き水のようにしていると、
いつまでも清涼であることができます。
  1. 2014/08/06(水) 20:21:34|
  2. 秘教治療
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不安感

不安感

うつ病にかかった人ならわかるでしょうが、
不安感に襲われることは、
肉体の苦痛と同様に二度と再び経験したくないことです。

そのことを思い出すだけでめまいがします。

「がん体験」(未刊)という本に書きましたが、
日本人の死因の第一を占めているがんは、
他の病気同様、不安感が病気からの快復を遅らせる最も大きな要素です。

病気に限らず、
世界各地で頻発している自然災害や大きな事件は、
人々の集団的不安感が根本にあると気づいている政治家はほとんどいません。

マイトレーヤが「恐れるな」という単純なマントラムで、
平安のエネルギーをお与えになるというのも頷けます。
世界は不安が満ちています。

不安はコントロールされない感情体(アストラル体)から出ており、
「ヒマラヤ聖者の生活探究」というタイトルのブログで述べたように、
これも太陽叢チャックラが焦点となっています。

不安を解消することは秘教を学ぶ第一歩と言えます。

BCが著した「不安感」という題名の冊子は、
私たちの今日の緊急課題を取り扱っていると言えます。
  1. 2014/08/05(火) 22:44:31|
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内と外の意識の拡大

内と外の意識の拡大
先のブログで、
人類の進化は意識の拡大と関係があるということを述べました。

人が幼児の段階から大人になるにつれて行動範囲が広がります。
私たちが認識している世界はそれ以上に広がっています。

長い間人類は外界の世界だけが本当の世界であり
外界で起こることのみに注意を払ってきました。

動物界と人類の初期の段階は外界がすべてと言えます。
認識できる外の世界は水平な地球から球体の地球になり、
地球が天球の中心ではなく、太陽が中心となり、
今ではその太陽も真の中心ではなく、
別の中心である中央霊太陽が知られようとしています。

このように私たちの進化は意識の拡大と深いつながりを持っています。

進化の歩みが急速に早くなり、
人が意識の面で長足の進歩を遂げる最大のきっかけは、
外界の世界だけではなく内界の世界の存在に気づき、
その拡大が始まるときだと思います。

最初のイニシエーションは誕生のイニシエーションと呼ばれ、
聖書の中で誕生間もない幼子イエスが
飼葉おけに入れられている描写がそれを象徴的に表しています。

キリスト意識の誕生と呼ばれています。
キリスト意識の萌芽は占星学ではおとめ座の母性愛の中にあります。

第一イニシエーションは意識の注目が
内界に向けられる最初のイベントです。

これは私の独断的解釈です。
  1. 2014/08/05(火) 12:52:10|
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意識の拡大

意識の拡大
幼子がある程度大きくなると、
母親はその子を近くの公園など家の外に連れ出します。

小学生ぐらいになると、
父親は子供を海に連れていきます。

海に連れていくことを父親が嫌って、
海の水は塩辛く体に良くないとか、
海では溺れる危険性があると言って、
海について誤った観念を植え付けておく親はいないと思います。

子供は体験を通して正しく意識を拡大させ、
徐々に自分の住む世界は、
これまで目にしていた狭い範囲の世界ではないと知るようになります。

親が外国旅行に行ったことがある場合は、
子供にも外国旅行を体験させたいと考えるでしょう。

子供は外国旅行によってカルチュアショックを受け、
固定観念に縛られていた自分を発見するかもしれません。

人類の父に当たる方がいるとして、
意識の拡大は人類の進化と大きく関わっているので、
意識を拡大させるような世界的イベントを用意されています。

それがミステリー・サークルであり、
UFOの出現です。

人類史を学んだ人は、
かつての人類は自分たちが平らな地域に生活していて、
地の果てに行けば奈落の底に落下すると考えていたことを歴史の授業で学びます。

大航海時代を経て、
地球が丸いということが人々に知られ、
中世には私たちの地球が天球の中心ではないということも知られるようになりました。

今はこの太陽も天球の中心ではなく、
宇宙の他の中心を軸にして太陽系全体が巡っていることが人類に知られようとしています。

そのようにして、
ちっぽけな自我中心の考え方は、
自分を狭い世界に閉じ込めていたということに私たちは気づきます。

私の言いたいことは、
意識の拡大は人類進化の大きな要素であるということです。
  1. 2014/08/04(月) 13:18:34|
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奉仕

「魂は奉仕することだけを目標にしている」
という文を初めて読んだとき、
「それは理想であって
 現実はそうではない」と、
この言い方に不思議な感じを受けたのは私だけであろうか?

この世に生まれて来るのは、
まず第一に自分のためという考え方、
どちらかと言えば「弱肉強食」的考えが普通だと考えていた
昔の自分にとっては、
上の文章は正直言って違和感を感じるものでした。

しかし宇宙の標準では、
弱肉強食的考えは動物の世界の考え方で、
霊長類である人間は「すべての人がつながって」いて、
「人類は一つ」であり、
自分が最も生き生きと生きるのは、
他者に奉仕するという活動を通してであると気づいたのは
つい最近のことです。

それで「魂は奉仕することだけを目標にしている」という文が、
真実の言葉であると、
違和感なく納得した次第です。

これは私が、
「片足を棺桶に突っ込んでいる」
証拠でしょうか?
  1. 2014/08/03(日) 21:37:38|
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ゲーム

ゲーム

受験勉強にいそしんでいたとき、
長く緊張した生活を送っていたせいか、
受験勉強が全く嫌になり、
勉強することが苦痛になりました。

受験生の友人宅を深夜に訪れて、
将棋を一晩中指していたことを思い出します。

ある日友人と何回も対戦し悉く負けました。
家に戻って寝床についてからも、
頭の中は将棋のことでいっぱいで、
夢の中で対戦していました。

大負けをした数日後に再び友人を訪ねて対戦すると、
今度はおもしろいほど勝ちました。

数日後には友人のほうが私を訪ねて来て、
対戦すると今度は私のほうが大負けをしました。

そんなことを勉強そっちのけで一か月ほどくりかえし、
このままでは大学に入学できないと反省して、
将棋はきっぱりとやめました。

今振り返ってみると、
ゲームの勝ち負けは心のコントロールに影響されていたことがわかります。

人生はゲームと同じだと言うと、
不謹慎だと思われるかもしれませんが、
勝ちたい勝ちたいという焦りの気持ちは、
ゲームの負けをもたらし、
ゆったりと構えて自分の心の焦りを無くそうとしていると、
ぎりぎりの所で勝ちが見えることがあります。

そのギリギリのところで勝負にかったときは、
何とも言えない爽快感を味わいました。

人生も同じで、
ぎりぎりのところで人生に勝利するという快感を味わうために、
私たちは物質界にやってくるかもしれません。
  1. 2014/08/02(土) 11:13:25|
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結晶化ということ

結晶化ということ

かつて知恵のある方とお話した時、
組織ということに話題が及びました。

折しも、TVでオリヴィア・ハッセー主演の映画、
マザー・テレサが放映されたばかりでした。

その方は、
「マザー・テレサも組織を嫌って、
 晩年組織から脱退しましたね」と言いました。

映画マザー・テレサの中では、
マザーはインドの貧しい人々の面倒を見る活動をしていましたが、
その活動資金を得るため、
取り巻きの人々が寄付を受け付ける組織を作ろうとしたとき、
役員の座席を用意されたマザーは、
突然「私は組織はいらない。役員にはならない」と言って、
その会を去ります。

私たち人間は、
特に政治に携わる人はその機会が多いと思いますが、
「既得権益を守る」という意識が働きます。

このようにして、
あらゆる組織が結晶化する運命にあるのかもしれません。

話が変わりますが、
役所では毎年人事異動が行われて、
同じ人が同じ部署にとどまるのを避けるようにしているのは、
一つにはこの既得権益に固執しようとする
私たちの欠陥を糺すためかもしれません。

学生時代に受けた政治学の講義で、
教授が「政治家は腐敗するのが必然です」
と言っていたのが記憶に残っています。

BCは政治が一番困難は仕事です、と言っていました。
  1. 2014/08/01(金) 13:58:56|
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