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秘教治療

アリス・ベイリーの秘教治療を紹介しつつ、ヨガの先生の教えを回想する。霊治療、光線エネルギーのまったく新しい知識を織り込んでいきます。エーテルについての知識を広めることを目的としています。

パラドックス

パラドックス
ベンジャミン・クレーム氏が
その著書のどこかで、
秘教を学ぶ者は、
パラドックスに慣れ親しむことが必要です、
と述べていた事を覚えていますか?

以前に「道の光」の中の言葉で、
「野心を捨てよ、
 しかし、野心ある者のように活動せよ」
という教えを取り上げたことがあります。

無執着という教えを強調しながら、
一つの教えに「固執しなさい」と
ジュアルクール覚者は言います。

これらが秘教のパラドクッスと言えるかもしれません。
秘教のパラドックスは、
シーソーの中央に立って、
バランスをとるのにどこか似ている感じがします。

不協和音と協和音で思いだしましたが、
二つの音を同時に鳴らすと、
不協和音として聞こえていましたが、
低位の音が聞こえている間、
高位の音を鳴らさずにいて、
低位の音が止んでから、
高位の音を鳴らし、
そのことを何度か繰り返して、
次第に二つの音の間隔を小さくして行くと、
いつしか同時に二つの音を鳴らしても、
調和した音となっていることがあります。
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  1. 2014/02/28(金) 22:14:28|
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角隠し

角隠し
結婚式で、
花嫁が頭を高島田に結ったとき、
角隠しと言って
白い布で頭の部分を隠します。

由来が色々説明されていますが、
「自分の育った家族の考え方から離れ、
 マインドを真っ白にして、
 夫の考え方に染まります」という意味である」、

という解釈が
私にとってはもっともしっくり来ます。

花嫁に限らず、
私たち全員が幼児から、
主として両親に植え付けられた条件付けによって、
知らず知らずの内に
他の家族にはない考え方を
固定観念として抱いています。

その固定観念は
しばしば新たに家族を作るときに
障害となることがあります。

秘教の教えを学ぶときにも
それと同じようなことが発生します。

秘教に接したことのない人々と
考え方が全く違っていることに気づきます。

ある教えには、
一旦学習した内容をすべて忘れ去って、
マインドをまっさらの状態にすることを教えています。

そのようにして、
自分のマインドの傾向を客観的に見ます。

とりわけ霊的グループに属する人々は、
自分たちの音が世間一般の人々には、
どのように聞こえるかを
客観的に知る必要があると思います。

協和音であればいいですが、
時として
不協和音となっていることに
気づく必要があるかもしれません。
  1. 2014/02/27(木) 20:51:35|
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モンキー・マインド

モンキー・マインド
このブログで
かつてこの言葉を取り上げました。

この言葉はサイババが
あちこちへと真理を求めて、
尋ね歩く特徴を指摘して
述べられたということです。

一つの教えに満足することができなくて、
あちらの教え、こちらの教えと、
色々な教えをつまみ食いする人のことを言います。

このような真理の探求の仕方は、
浅く教えを学ぶことになって、

深く到達して初めて得られる
認識を獲得することは難しいと思います。

かつて囲碁の頂点本因坊の位に到達した趙治勲が
「八十一個の碁盤の目が
 私にとっては全宇宙である」とおっしゃっていました。

一つの道を極めた人の言葉だと思います。

碁石を置く一つひとつの動作の中に
森羅万象を見ることのできた人です。

主は言っています。

「私は新しい宗教を興すために
 再びやってくるのではない。
 信仰を持つ人は、
 それぞれの宗教で最高の信者となりなさい」と。

アリス・べイリー著「ホワイト・マジック」の中で、
ジュアルクール覚者も言っています、
自分の選んだ教えにしっかりと固執しなさいと。

無執着は重要な教えであることを知っている覚者が、
霊的教えに関しては、
固執することを忠告しています。

少なくともある段階に達するまでは。
  1. 2014/02/26(水) 21:54:21|
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これからの時代

これからの時代
「山の麓にいると、
 我が兄弟たちよ、
 登りは実に険しいように見える。
 しかし最初のステップを踏み出すと、
 前進は速く、
 頂上近くに至ると、
 あなたは羽の生えた足を持つようになる、
 ・・・」
(メッセージ第八十九信より)

「マインドに正直に」
という教えをもたらしている方が、
その言葉と異なることを伝えるということがありえようか?

私たちは山の麓にいますが、
まだ最初のステップを踏み出していません。

国と国が対立することなく、
分かち合いの原則を受け入れて、
正義と自由に基づく平和を確立すると、
最初のステップを踏み出したと言えるかもしれません。

この状況をもたらすために、
これまでは少数の人々が苦闘していましたが、
これからはこの苦闘に
大勢の人々が参加するような気がしています。

聖者ぶっていると、
人々に敬遠されることを知り、
淋しい思いをしましたが、
青年期のように、
偽悪を演ずることよりも、
なりふり構わず、
「分かち合い」の原則の重要性を
伝えて行きたいと思うこのごろです。
  1. 2014/02/25(火) 21:57:06|
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久しぶりのポスティング

久しぶりのポスティング
寒い日が続いていて、
部屋に閉じこもって仕事をしていると、
「小人閑居して不善を為す」ではありませんが、
よからぬことを想像してしまいます。

神様はもはや私のことを愛していないかもしれないと。

昨日まではそんな考えで
気持ちが落ち込んでいました。

今日は暖かい陽気に誘われて、
ポスティングに出かけました。

心の中で「無執着、無執着」と唱えながら、
暖かい日差しの中でポスティングしました。

一時間ほど歩くと
うっすらと汗ばみ、
久しぶりに運動したという気がします。

気分が晴れやかになり、
神さまは
そんな私を遠くから祝福してくださるかもしれないです。

オリンピックの選手方に負けないように、
目的をもって努力し続けたいですね。
  1. 2014/02/24(月) 21:49:56|
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バランス

バランス
昔、ヒラリオン覚者の教えと言われれている
「寺院の教え」を学んでいた時、
その教えの中にあった教えで、
シーソーの中央に立って、
足でバランスをとり、
シーソーの板の片方が上がろうとすると、
そちらを軽く踏んで下げ、
次に反対側が上がろうとすると、
今度はそちらを軽く踏んで平衡を保つ
という動作が記事に書かれていました。

オカルト科学を伝える霊的教えの本に、
シーソーの中央での
このような動作をわざわざ描写している意味が
そのときは理解できませんでした。

仏陀の「黄金の中道」ということを学び、
イニシエート方は物質界で道を歩むときに、
どちらにも偏らない
中道の道を歩むということを知りました。

以前の「中道の道」では、
肉体と精神のバランスを取り上げましたが、
今回は物質界の生活と霊的生活のバランスを取り上げます。

どちらにも偏らないとは、
過度に物質的に豊かな生活を送るのではなく、
過度に霊的探求の道をとるのではないという意味です

「貧すれば、鈍する」で、
過度に貧しい生活を送ると、
ある意味
真の霊性が失われるかもしれません。

物質的に過度に豊かになると、
私たちは怠惰となって、
自分のことだけに意識が集中します。

霊的に偏ると言っても、
過度に貧しい生活を送ると
霊的利己主義に陥りがちです。

そこでシーソーのバランスをとる動作に似た
活動が大切な意味を持って来ます。
  1. 2014/02/23(日) 21:07:37|
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利休の罪

利休の罪

おもてなしのブログで、
千利休の茶の湯のことを書きました。

千利休の進化段階は
さぞ高いだろうと思っていました。

或る本を見ると
あまり高い進化段階ではないことが分かります。
なぜでしょう?

千利休は
ともすれば見過ごされやすい
平凡な風物の中に侘び・寂びの美を発見し、
それを人々に知らしめた
いわば美の達人だったと思います。

現代風に言えばリサイクルの精神で、
茶室の飾りに古ぼけた船の側面の板を用いたり、
捨ててしまいそうな杉皮などの古材を用いて美を作り、
客人をもてなしました。

金の茶釜を作ったり、
高価な茶道具を揃えて客人を驚嘆させた
豊臣秀吉には決して理解できない美意識です。

しかし千利休に倣わんとする後世の人々の中には、
わざわざ大金をかけて古材を求め、
侘び寂びの世界を作ろうとしたことを知ると、
その発想の起源が千利休にあったことが推測されます。

「なんでも鑑定団」というTV番組を見ているとわかりますが、
美の鑑識眼が確かであるという方は別にして、
権威者が「価値がある」と評価したものに似た偽物を
庶民は高額のお金を払って手に入れます。

古ぼけた陶器の壺はそのような対象となりやすいです。
時代劇を見ていて時々茶壷が城一個の値段と同じだ
というセリフを耳にします。

このような価値は、
権威を求める人間の欲望によって作られた
投機的価値というべきで、
現代風に言えば仮想経済の価値です。

千利休が、
権威を求める弟子たちに茶道具を譲り渡すときに、
投機的価値を産むグラマーを作ったというべきです。

現代の言葉で言えば商業主義のグラマーです。
  1. 2014/02/22(土) 21:23:51|
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世界は変わる

世界は変わる
フィギュア・スケートの
日本選手たちを応援する人たちのコメントは、
「メダルを期待します」から
「三人の笑顔を見たい」という言葉に変わりました。

傍から見ている人々は、
とかく自分たちだけの都合で
ものをいう人々が多かったですが、
最近は選手たちにプレッシャーとならないように、
優しい物言いに変わりました。

日本の選手たちの活躍に
誰もが感動し、
大きな勇気を与えてもらいました。

メダルなんていりません。
最後まで諦めずに努力していた姿で十分です。

私たちは
浅田麻央さんが示してくれた
努力する姿を決して忘れません。

「天晴れ」という言葉を選手たちにかけてあげたい。

世界が変わりつつあると実感したのは、
選手たちを応援する、
普通の人々のコメントが、
優しい心遣いの言葉だったからです。

高梨沙羅さんも上村愛子さんも浅田麻央さんも
その他の選手皆さんが、
私たちにメダルの期待を膨らませて、
それを見事に裏切ってくれました。

メダルという、
世俗の栄光よりも、
真に価値のあるものは、
最後まで諦めずに、
頂点をめざして努力することだと、
神さまは私たちを目覚めさせてくれました。
  1. 2014/02/21(金) 22:26:22|
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自分のスベリ

自分のスベリ
スキーとスケートのスポーツ選手が時々共通して口に出す
この言葉は一体何を意味しているのだろう。

TVで相撲を見ているときも、
関取が「自分の相撲をとる」と時々言います。

「自分の~」という言葉は、
「相手はどうであれ」ということを意味していると思います。

オリンピックの競技では、
メダル争いということが、
周囲にいる人々の口々から言われ、
競技をする本人の意識には、
競技を始めた当初の頃よりも
遥かに強いプレッシャーとなっています。

相撲もそうですが、
相手を打ち負かして、
勝ちたいという気持ちが、
自分自身をコントロールする
という意識よりも強くなるとき、

スポーツ選手は、
自分自身の演技なり、
自分自身の相撲を取りきるということに
集中する必要を自然と感じるのかもしれません。

「マスターとは、
 他者をコントロールするのではなく、
 自分自身をコントロールする人のことだ」
という或る人の言葉が蘇ってきました。
  1. 2014/02/20(木) 21:01:19|
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いのちの水を運ぶ者

いのちの水を運ぶ者
昨日のブログで、
「価値ある目標」が豊かな生命エネルギーをもたらす
ということを述べているとき、

定年退職で会社勤めをしなくなった夫が急激に老化して、
痴呆症になってしまいましたという
主婦の悩みを耳にしたことを思い出しました。

痴呆症にはならないとしても、
仕事を定年退職した人々が、
仕事を辞めてからしばらく経つと、
認知症気味になるということを耳にします。

一方定年退職しても、
社会奉仕の仕事に生きがいを感じているという
多くの高齢者の方を見かけます。

私の言いたいことは、
目標を達成してしまったという意識、
ゴール・ラインを通過してしまったという意識は、
要するに
生命エネルギーが不要になった
ということを断言すること(アファーメーション)と
同じだということです。

秘教の教えによると、
私たちの太陽系は宇宙の第二光線、
愛のエネルギーに満たされています。

その宇宙第二光線の
七つある副光線の中の
第一光線は目的とか意志の表現に関わるエネルギーです。

私たちの意識レベルを越えた愛が豊かであるということは、
神々にも目的意識があり意志力も強いという意味です。

それはとりもなおさず、
「生命力が豊か」ということになります。
  1. 2014/02/19(水) 21:23:26|
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価値ある目標

価値ある目標
このブログで「いじめ」について取り上げたときに、
「価値ある目標」が豊かな生命力を供給する
という秘教的見方を紹介しました。

オリンピック選手たちが金メダルを獲りたいという
目標を抱いて努力する姿は、
選手の家族のだけでなく、
選手の生まれ故郷の人々、
そして日本国中の人々の応援する気持ちを一つにさせます。

このような団結の気持ちをもたらすことが、
豊かな生命力の表現であるというのが秘教的見方です。

競争して何かを得ようとすることは、
同じ競争でも他者を押しのけて戦う競争がありますが、
それは豊かな生命力をもたらしません。

オリンピック競技では、
他の国々の選手と競争しますが、
この競争は相手を蹴落とそうとする戦いではありません。

競争した後に、
良きライバルとして
他の国の選手の健闘を称えます。
マイナス思考はありません。

マイナス思考が出にくいと言えます。

41歳という高齢になるまで、
メダルの夢をくじけることなく追い続けた葛西紀明選手に
私は賛嘆の拍手を送りたいです。

そしてノーマルヒルの団体競技のジャンプで、
銅メダルを獲得した日本のジャンプの選手たちにも
拍手を送りたいです。
  1. 2014/02/18(火) 21:43:12|
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想像力

想像力
幼い子供たちの脳裏には
葛西紀明選手が表彰台に上って
メダルを授与されたシーンが焼き付けられます。

彼らは
自分もいつか表彰台で、
メダルを首に掛けてもらおう
という目標を持つに違いありません。

このようにイメージされた目標は、
単なる欲望を超えて、
決して諦めることのない、
強固な意志をつくります。

これは大人が持つことのできない
子供の特権かもしれません。

子供というより、
幼子の心というべきです。

イメージ力と言えば、
いつか深海に住むタコが
天敵から見を守るために、
周囲の色と同じ色に自分の体の色を変え、
ときには珊瑚やえいの形に
姿を変身するという映像が、
動物の生態を紹介するTV番組で紹介されました。
NHKの「ダーウィンが来た!」という番組だったかもしれません。

そのようなイメージ力がタコにあるなら、
タコよりも進化している人間にも
このような能力はあるだろう
と私は思いました。

人間におけるイメージ力は、
ジュアルクール覚者が
創造的想像力と述べている能力に違いありません。
  1. 2014/02/17(月) 21:46:27|
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南岸低気圧

南岸低気圧
気象予報士の方が言っていました。

冬から春へと移行するこの季節に、
シベリア寒気団の南側一帯に低気圧がやってくると、
南からの低気圧に、
北からの寒気団がどの程度侵入してくるかによって、
天気は大きく変わるので、
予報が難しいと。

南岸低気圧とシベリア寒気団がぶつかるときは、
一番緊張しますと気象予報士は言っていました。

先週、
金曜日にシベリア寒気団と南岸低気圧がぶつかりました。

或る場所ではドカ雪が降り、
違う所では雪ではなく雨がふりました。

低気圧が移動する時間帯によって
雨が雪になることもあるようです。

このお話を聞きながら、
天気ではなく、
天気の変化によく似た気質を持つ
人のことを考えていました。

暖かな空気を運んできますが、
冷たい寒気とぶつかると、
激しい寒風とともに、
雨か雪を降らせます。

時々そのような人と出会います。
  1. 2014/02/16(日) 21:03:58|
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新しい時代の祈り

新時代の祈り
ベンジャミン・クレーム氏を通して伝えられた
マイトレーヤの新時代の祈りの価値は、
その効果を実証する人々が出現するまでは、
あまり人々に知られないかもしれません。

ガヤトリマントラムもそうでした。
数少ないイニシエートたちだけが用いていました。
今もたぶんそうだと思いますが。

諺に「真珠を豚に与えるな」と言います。
新し時代の祈りは真珠かもしれません。

私はブログで大胆にもおおぴらに述べています。
たとえ真珠が踏んづけられ、
泥水に浸けられることがあろうと、
その価値を知る人々が、
真珠を発見し、
大切に扱ってくれることを願っています。

今のところ踏んづけ、
泥水につけるようなことをする人は出現していません。

しかし有名なマントラや
マイトレーヤという名前が
泥水に付けられていたことを知っています。

真理というものは、
ある程度はそのようなことが必然かもしれません。
真理が広範に広まるために。

うつ状態にある人々が、
本当の自分は、肉体や感情や思考ではなく、
それらを観察している
更に奥深く潜んでいる真我であると気づくと、
うつ状態から解放されます。

ちょうど映画を見ているとき、、
映画の登場人物と共感(同一化)していて、
悲しんだりハラハラしますが
映画館から出ると、
本来の自分の姿に戻るように。
  1. 2014/02/15(土) 21:05:53|
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あファーメーション(3)

アファーメーション(3)
ソチのフィギュアスケートを見ていました。

選手たちの演技を見ながら、
技術を完成させようと
彼らが長い年月を、
同じ動きを反復練習して来ただろうと
推測していました。

話が変わりますが、
占星学では人間の体を小宇宙と捉えます。
私たち人間の段階では
宇宙の創造とは、
自分の体を創造することかもしれません。

音楽家・画家は美を追求します。

フィギュアスケートを含め、
スポーツ選手も自分の体の力と美の完成を目標にしています。

ジュアルクール覚者は
「私は真我である、真我は私である」
というマントラを勧めていましたが、
私は主が提示された新しい時代の祈りを
唱えています。

その中に
「私は宇宙の父にして、母である」
という句があります。

芸術家は美を創造します。
私たちは芸術家のようではありません。
しかし同じく高い目標をもって
自分の体という小宇宙を創造しているかもしれません。

次回もアファーメーションについて述べます。
  1. 2014/02/14(金) 20:54:58|
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アファーメーション(2)

アファーメーション(2)
アファーメーションと言えば、
ジュアルクール覚者は著書の中で
志向者(熱誠家)に
毎朝の個人瞑想の時に
「私は真我である、真我は私である」
というマントラムを唱えることを勧めています。

これもアファーメーションの一つです。

アファーメーションの効果を実感したのは、
自分がうつ状態のとき、
アファーメーションによって、
この精神状態から解放されるのを知ったからです。

うつ気味だったとき、
私自身の頭の中で考えていることと、
行っていることが一致していませんでした。

行動は普段通りですが、
上の空で行動していました。

私の頭の中はマイナス思考でした。
どのようにしたら楽に死ねるか
ということを考えていたかもしれません。

コース・イン・ミラクルズの第一部では、
毎日のアファーメーションで、
実際に行うことと
考えることを一致させることと、

次に自分が行っていることを
観察するということを行います。

観察する習慣がつくと、
真の自分は、マインドを含む感情ではない
ということに気づきます。

もし真の自分がマインドや感情であるなら、
考えていることや思っていることを
その考えている姿を傍から観察することはできないからです。

繰り返し繰り返し、
アファーメーションすることによって、
認識が深まり、
ついには
自分の潜在意識的思考も観察できるようになると思います。

最高のアファーメーションは、
真の「自分は、
〔魂の上位にある)真我である」、
というアファーメーションではないでしょうか?
  1. 2014/02/13(木) 21:11:11|
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アファーメーション

アファーメーション(断言)
息子と一緒に
精神科の医院に通院していたことがあります。
二十年ほど前の話です。

閉じこもりの子弟を持つ親たちの
グループ治療に参加するためでした。

治療院の書棚に
心理学者、西尾和美著「今日1日のアファメーション」
という本を見つけて読みました。

この本は、いつかこのブログでも取り上げた
「コース・イン・ミラクルズ」の
第一部の構成を真似て書かれています。

コース・イン・ミラクルズの教えが、
心理学界に多大な影響を与えていることを知りました。

元々はコロンビア大学の
臨床心理学の二人の教授に
イエス覚者の弟子がインスピレーションを与えて
書かれた本だとベンジャミン・クレーム氏が言っていました。

コース・イン・ミラクルズの
教えの内容は非常に難しく、
原文で読んだとき、
日本語訳がきちんとできる人は、
かなりの秘教の知識を得ていなければならないと思いました。

日本語訳はすでになされているようですが、
訳者のパーソナリティー意識が強く、
原文の真意を伝えているとは言い難いです。

この本は三部構成となっています。
その第一部は、
365日間毎日アファーメーション(断言)を実践する
行法が書かれています。

アファーメーションの重要な意義を知りました。

(次回もこのテーマで書きます)
  1. 2014/02/12(水) 20:36:22|
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いじめについて

いじめについて
いじめについて秘教的な見方を述べます。

これは単なるひとつの見方かもしれませんが、
それでも常識的視点とは
別の視点を提供してくれると思います。

いつかNHKの動物の生態を紹介する番組で、
集団で狩りを行う
ハイエナやジャッカルや野生の犬たちの行動を映していました。
「ダーウインが来た」という番組だったかもしれません。

それを見ていると、
集団で狩りをする動物たちは
人間社会と同様のいじめに似たことを行っていました。

十分な獲物が手に入れらないとき、
群れの中の弱いものや狩りの下手なメンバーを
皆でいじめるという行動が見られます。

一方、
人間社会の中で、
集団で何事かを達成しようと
共通する課題を克服するために
努力している学級やグループ内では、
いじめは発生しません。

メンバーの弱点を皆で協力し合ってカバーしようとします。

いつかTVでやっていましたが、
三十人三十一脚という競技では、
最も足の遅い人が他の人から攻撃されたり、
いじめに合うどころか皆に助けられ、
脚力の優れた人に挟まれるという工夫をしたり、
真ん中に位置するように工夫していました。

合唱コンクールで入賞しようとするグループもそうです。
歌の上手な生徒が
歌をうまく歌えない人に特別に指導していました。

価値ある目標を目指して
努力するグループには
いじめということがありません。

私の言いたいことは
グループ内に
和合の精神よりも競争の意欲を煽る雰囲気があったり
価値ある目標が欠けていると、
生命力が豊かとは言えないということです。

動物社会と同様に人間社会でも、
いじめが出やすいです。

反対に価値ある共通の目標を持ち、
和合を通して、
それに向かって努力しているグループにおいては
生命エネルギーが豊かに流れ、
いじめは決して起こりません。

学校のクラスの中心に位置するような人、
普通は学級の担任の先生ですが、
その人が価値ある共通の目標を
クラスの皆に提案するといいです。

価値ある目標が豊かな生命エネルギーを供給する
というのが秘教的見方です。

明日はアファーメーションについて述べます。
  1. 2014/02/11(火) 21:26:16|
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お水取り

お水取り
このところ連日寒い日が続いて、
春の到来が待ち遠しく感じられます。

暖かい日が2、3日続いたかと思うと、
寒い日がぶり返し、がっかりします。

元妻がお水取りが終わるまでは、
暖かい日は来ませんと
話していたことを思い出しました。

奈良の東大寺二月堂で行われる
お水取りの水を送る
若狭のお寺を二人で訪ねて行ったことを思い出しました。

なんというお寺だったか
名前を忘れてしまいましたので、
ネットで調べると、
私たちが訪ねて行った
お寺の境内にあった掲示板に書かれたあったことがらと
異なることがネットには記されていました。

どれが本当なのかわからなくなりました。

40年ぐらい前に読んだ掲示板には、
若狭の神様が奈良の大仏開眼供養に招かれたが、
うっかりしていて出席できなかったので、
その年以後毎年敷地内の泉に湧き出る水を
奈良まで続いている地下水脈を通して、
二月堂にある井戸に
その水を湧き出させているという説明でした。

その行事に関わる当時の人々の中には、
超自然的とも言えるその出来事の真相を確かめようとして、
本当に若狭の水が奈良に届いていることを知って
気が触れてしまった人がいたということが書かれていました。

ここで私が述べたいことは、
自分のマインドで理解できない範疇の出来事を知ると、
中にはひどいショックを受ける人があるということです。
  1. 2014/02/10(月) 21:48:48|
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アウム裁判

オウム裁判
先日TVニュースの番組を見ていましたら、
オウム裁判を傍聴された、
ニュース解説の人が言っていました。

裁判員になった方々がオウムの人々に、
一様に尋ねていたのが印象的でしたと。

「なぜあなた方は、
 あれほどの凶悪な犯罪を犯すことができたのか」と。

オウム事件に関わった多くの若者が
死刑の判決を受けていますが、
個人の犯罪者で、
死刑判決を受けるのは、
よほど凶悪な性格を形成している犯罪者だけです。

オウム事件の犯罪者たちは、
一見するとそのような凶悪な犯罪者には見えません。

もし教団に入らなかったら、
普通の市民として
平和に暮らしているような人たちばかりだという感じがします。

この謎は
今の時代に解き明かして置くべきだと思いました。

先日
アリス・ベイリー著
「光線とイニシエーション」を読んでいましたら、
ナチスのヒットラーが
アウシュビッツの収容所でユダヤ人を
大量虐殺するような
凶悪な犯行をするためには、
ヒットラー自身と似たようなメンバーを
周囲に集める必要があった、
と書かれていました。

このような破壊のエネルギーは、
グループ形成によってしか発現されないと。

これはシャンバラのエネルギーの一つの表れだ
と述べられていました。

誤解があるといけませんが、
シャンバラのエネルギーは、
建設的方向にあるときは、
強固な目的意識・神聖意志のエネルギーとなります。

このエネルギーは
グループ形成によって引出されます。

グループ形成がどちらを目指しているか
注意深く監視しなくては。
  1. 2014/02/09(日) 21:12:29|
  2. 光線とイニシエーション
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人間ラジオ

人間ラジオ

色々な人のお話を伺っているうちに、
想像しました。

人間も一種のラジオではないかと。

電波は様々な段階のものがあり、
悪意に満ちた邪悪なものから、
仏陀やキリストの如き、
広大無辺の愛を表現するレベルのものまであります。

私たち端末の同調器は、
あまり洗練されているとは言い難いので、
仏陀やキリストの段階の波動には
同調できないかもしれません。

自分の諸体を洗練させて
精妙な波動に同調できるようになると、
「わたしの愛は、
 あなたがたすべてを通して、
 とこしえに流れる」
(メッセージ第一信)(ベンジャミン・クレーム著/石川道子訳
「いのちの水を運ぶ者」)と
主がメッセージで伝えているように、
キリストのような愛の表現が可能となるかもしれないです。
特に今の時代は。

マイトレーヤではなくても、
宇宙人に同調する人もいます。

UFOに乗ってくる宇宙人は他の惑星の覚者である
と聞いたことがあります。

自分の住む惑星ではない
地球人類を助けるために、
自分の生命さえも犠牲にする方というのは、
覚者でなくてなんでしょう?

今はチャンネリングといって、
神霊を名乗るアストラル界の住人と同調する人もいます。

次回はオウム裁判について述べます。
  1. 2014/02/08(土) 21:43:17|
  2. 光線とイニシエーション
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おもてなし

おもてなし
この言葉は
滝川クリステルさんの
IOCでのプレゼンテーションで
世界的に有名になりました。

昨夜の夢の中で、
千利休が始めた茶の湯と
西洋の握手の意味を比較していました。

秘教的見方をすれば、
いずれもエネルギー交換の儀式です。

西洋の握手では、
手のひらを通して、
友好のエネルギーが伝わります。

外交官は握手をした瞬間に
交渉がうまくいくか、
失敗に終わるかがわかると言われています。

日本の茶の湯は、
友愛のエネルギーで客人を包みます。

戦国時代に武将たちにとっては、
このような場は
何よりも貴重だったに違いありません。
日本が世界に誇る伝統文化の一つです。

昔友人が名古屋を去るとき、
ふるさとに戻る前に、
お茶席を設けて、
これまで学んだ茶道の心得を披露したいと言いました。

瞑想会場の畳の部屋には、
お茶席用の炉が切ってあり、
障子を隔てた廊下には
お茶席で使われる道具を入れた水屋がおいてありました。
しかしお茶席はついに設けられませんでした。

私は今でもそのことを恨めしく思っています。
  1. 2014/02/07(金) 22:18:44|
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無執着

無執着
昨日講師の方が
「死ぬとき、
 どういう状態になっていたいですか?」
と聞きました。

私は「死の直前は、
 何の囚われもない状態、
 無執着の状態がいいです」と答えました。

落語で死ぬ直前に
「一ぺんでも、
 そばつゆにそばを全部浸けて食べたかった」
と言って死んで行った人の話があります。

そば通として知られるために、
そばをそばつゆに半分だけ浸して食べるということを
不本意ながらやってきた人が
死の直前にフト漏らす辞世の句です。

死の直前の思いは、
死後永遠に続くということを
「意識の慣性の法則」と言って、
新興宗教団体GLAを創設された
高橋信次氏が言われました。

本当かどうかはわかりませんが、
何も抵抗する出来事が発生することのない霊界では、
同じ意識が継続されるということは
想像しえることです。

死ぬときに気がかりなことがあると、
それは執着につながります。

今日
ベンジャミン・クレーム著/石川道子訳「覚者は語る」
を読んでいたら、
561頁に「無執着」と題された記事がありました。

昨日のテーマと同じテーマを発見し、
単なる偶然以上のことを感じました。
  1. 2014/02/06(木) 21:17:50|
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中道の道

中道の道
学生の頃サミュエル・ベッケットを研究しました。
彼の処女作の小説に
「マーフィ」という
主人公の名前を題名にした小説があります。

その中の一文に
「肉体が衰弱していくにつれて、
精神がますます研ぎ澄まされていく」
という表現がありました。

老人の姿を見て、
精神状態も肉体と共に老齢化が進んで、
認知症的な精神状態になっているのではないか
と今の私たちは想像します。

しかし
この考え方は最近になって作られてきたものかもしれません。
昔空気も環境も汚されていないときは、
肉体の老齢化と精神活動の活発化は、
反比例の関係にあったかもしれません。

これは私の独断的見解です。

釈尊はさとりを得るために、
肉体を痛めるほどの厳しい苦行をしたことがよく知られています。

長期にわたる断食をして、
光明を得ようとする修行の方法が今でもあります。

しかし悟りを得たとしても
肉体が弱体化してはそれ以上の前進できません。

肉体と精神のバランス状態が理想で、
釈尊が発見したこの道を、
後世の人々は
「黄金の中道の道」と名づけています。

肉体も精神も過度に活発化せず、
反対に過度に怠惰にすることもせず、
両者をバランスよく
活動的な状態に置くことを
心がけたいものです。
  1. 2014/02/05(水) 21:15:48|
  2. 光線とイニシエーション
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無心ということ

無心ということ
昨日のブログで
マントラ・ヨガについて触れました。

多くの方は、
アリス・ベイリーが伝えた
種々のマントラ(統一のマントラや世界奉仕者のマントラ)は、
マントラ・ヨガの一種であることに
気づいてないかもしれません。

私たちがよく知っている大祈願は、
その代表的なものです。

先日、
シャンバラの意志のエネルギーは、
個人で喚起することはできないが、
グループ形成によって喚起することが可能になる
という「光線とイニシエーション」の記述を紹介しました。

シャンバラの意志のエネルギーとは、
シャンバラを経由する宇宙からの種々のエネルギーです。

宇宙から、とは、
シリウスや大熊座やプレイアデスからかもしれません。
または星座や惑星からかもしれません。

どこからきているか
今の私たちのレベルではわかりません。

グループ形成で唱えられたマントラが
シャンバラを経由する、
これらの宇宙のエネルギーを
喚起しているという事実については、
何かを期待して行うのではなく、
無心になって実行する人々が
その影響力を外的に表現できるようになって
マントラを唱える人々に初めて認識されるかもしれません。
  1. 2014/02/04(火) 21:50:03|
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高位マナス

高位マナス
霊的トリアッドの
高位マナスは第三光線の特質です。

魂光線は第一から第七まで七種ありますが、
魂の上位にあるモナドは
第一・第二・第三の三つの主光線に収束します。

ハイラーキーは、
キリストの部門、
マヌの部門、
文明の長の部門
という三つの部門から構成されています。

これは、
アリス・ベイリー著「イニシエーション」の中に示されています。

高位マナスは上記の表で
第三光線の特質であることが分かります。

高位マナスは霊的トリアッドのうちで、
最も低位にあります。

たぶん
メンタル活動がリズム的に行われると、
高位マナスに到達します。

高位マナスの発達は、
直観の発達と並行して進むのが望ましいです。

カルマ・ヨガやマントラ・ヨガの組み合わせは、
単純ですが、
高位マナスと直観の発達を促します。
  1. 2014/02/03(月) 21:49:47|
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そこに山があるから

そこに山があるから
あなたはどうしてエベレストに登るのですか?と問われて、
登山家ジョージ・マロリーは
「そこに山があるから」と答えたという。

すべての人を納得させることのできる回答はありません。

昔、
どうしてこのことをするのですか?
と尋ねる人がいました。
これは「あなたはなぜ生きるのですか?」
という問いと同じです。

真理について説明することについて
像の姿を説明することに喩えて
「像はどんな姿ですか?」と問われ、
全体を見ることができない我々のような盲目の者が、
「それは柱のようです」と答える人もいれば、
「それはホースのようです」と答える人もいます。

あなた方はどうして
この活動をするのですか?
という問に対して、
かつて私は答えました。

「真理とはどのようですか?」
という問いと同じで、
あなたに納得していただけるように
答えることはできません、
と私は答えました。

私はジョージ・マロリーと同じように答えましょう。
「伝えるべき情報があるからです」と。
 
  1. 2014/02/02(日) 20:46:57|
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神聖意志

神聖意志
アリス・ベイリー著「秘教治療」の中の法則Ⅱに
次のように書かれています。

「罪悪の分かち合いという古代法則」は、
いつの日か
「古代からの善による支配という新しい法則」
に席をゆずらなければならないと。

それは人間の「霊的意志によって
 活動へともたらされる」とも書かれています。

アリス・ベイリー著「光線とイニシエーション」の57頁には
こう書かれています。

「シャンバラの
 意志のフォースを引き出すことができるのは
 グループ形態においてだけである」。

シャンバラの意志のフォースとは、
神聖意志のことです。

「(神聖意志は)個人が使用できるものではない」
と示されています。

パーソナリティーの欲望を
意志と勘違いすることはよくあります。

欲望は感情レベルのエネルギーです。
それに対して、
意志のフォースはメンタルレベルのエネルギーで
困難に遭遇しても変わることなく、
持続される首尾一貫したものです。

これはパーソナリティーの意志についてですが、
シャンバラの意志のエネルギーは
個人では操作することが不可能で、
グループ形成によってしか操作できません。

グループ治療では
直観を伴った神聖意志のフォースの喚起を
目指すことができます。
  1. 2014/02/01(土) 21:17:45|
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