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秘教治療

アリス・ベイリーの秘教治療を紹介しつつ、ヨガの先生の教えを回想する。霊治療、光線エネルギーのまったく新しい知識を織り込んでいきます。エーテルについての知識を広めることを目的としています。

質問に対する回答

いま、ヒーリングが流行っていまして、レイキ、リコネクション、シータヒーリングなどなど色々出てきていますが、これらのヒーリングがどのレベルかを知ることはできますでしょうか?よろしくお願いします。

私は、どのヒーリングがどのレベルにあるかを判定する権威者となりたくはありません。ご自分で判断してください。ただし、ある賢者は、世界救世教真光教団で行われているヒーリングは、「エソテリック・ヒーリング」の中で示されているアストラル界の第二段階のエネルギーであるということを答えておられました。
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  1. 2010/06/30(水) 12:33:29|
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大きなトライアングル

西洋医学も東洋医学もすべての病気に対応できるわけではない。同様に、秘教治療によってあらゆる病気に対応できるわけではないことをはっきりと述べておかなければならない。
治療はいずれにせよ「カルマの許す範囲」で行われる。
西洋医学の得意とする分野があり、東洋医学が得意とする分野もある。そして秘教治療が得意とする分野もある。しかし、先に私が論説したようにこれらの専門分野の人たちが患者の情報を共有して、協力して治療に取り組めば、必ずや奇跡と思われるような治療効果をあげることができるであろう。大きな「トライアングルの科学」の実践である。それが可能となるのは、遠い未来になるかも知れないが、私たちがその第一歩となることを願ってやまない。次回はカルマの法則について、表面的になるかもしれないが、少し触れてみたい。
  1. 2010/06/30(水) 04:51:27|
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精神疾患に対処する方法

いつもご親切にご回答有難うございます。基本的には「無抵抗」ですね。
「無執着」とでも言えますでしょうか?気にしない態度で行きたいと思います。
有難うございました。
ちなみに今はまだ出来ませんが、後々その方を遠隔で治療出来たら、と思ってお
ります。その方は被害妄想的でパラノイアです。有ることないこと、些細な事を
取り上げて長文のメールを送ってきたりします。身体的には健康でも精神はかな
り病んでいると思います。この様なケースはやはり気功や情緒レベルの治療では
なく、最高の魂の治療でないとだめですよね。有難うございました。

精神疾患に対応する優れた治療法があります。「エソテリック・ヒーリング」に示されている方法ではありませんが、秘教的な方法です。その療法とは、ハワイのヒューレン博士が日本に持ってこられた「ホ・オポノ・ポノ」という方法です。詳しくは、次のサイトに訪れてみてください。
http://mapping08.jp/peace/
解説書によれば、イハレアカラ・ヒューレン博士は、ハワイ州立触法精神障害者収容病棟の患者を魔法の言葉によって、全員退院させることができたということです。魔法の言葉とは「ごめんなさい、許してください、ありがとう、愛しています」という四つの言葉です。これらを本人に面と向かって言う必要はなく、遠くからその姿を思い浮かべながら心の中で言うだけでよいのです。詳しい方法は、「ホ・オポノポノ」について書かれた本を本屋さんで見つけて読んでください。
  1. 2010/06/29(火) 14:53:44|
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質問に対する答え

治療とは違う問題なのですが、エネルギーの伝達という意味では同じなのではないかと思いまして質問させていただきます。
いま思いもかけない事である人(誤解か妄想か嘘により非難されています。)から色々陰口を言われています。
この様な場合にどのように対処すべきか、何かアドバイス下さると助かります。たとえば、この人から悪いエネルギーが送られているのでしょうか?よろしくお願いします。
いつもブログを読んでいただきありがとうございます。アドバイスになるかどうかはわかりませんが、以前にyahooの知恵袋でおなじような質問に答えたことがあります。
参考:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1233114302

基本的には、「無抵抗の法則」に従うのがいいと思います。知恵袋の回答に書いたように、ご自分の前に鏡のような楯をイメージして、その人のあなたに対する敵対心などの攻撃的なエネルギーがその人に帰っていくようにイメージします。これは、あなた自身の感情に憎しみの感情がないことが条件となります。

  1. 2010/06/29(火) 07:15:04|
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再びブッディのエネルギーについて

メンタルエネルギーの上位にあるブッディエネルギーについて論説したい。
日本の神話に出てくる三種の神器は、草薙の剣、八咫鏡(やたのかがみ)、勾玉の三つである。三種の神器はアリス・ベイリー著「エーテル」の最初のページに掲げられている人間の構造の表の中にある「霊的トリアッド」の象徴である。つまり、剣は霊的意志、鏡は直観、勾玉は高位マインドを象徴している。天皇がこれらの神器を所有するという意味は、人間に秘められている霊的トリアッドのエネルギーを操作しえる立場にあったという意味である。
「世界救世教」という新興宗教を開いた岡田茂吉氏はたぶんブッディのエネルギーを操作する能力を獲得された方であった。この宗教団体が信者たちに普及させている「手かざし」という浄霊の方法は、エソテリック・ヒーリングの磁力治療の方法と同じである。しかし信者の方全員がメンタルレベルのエネルギーを操作できるかと言えば決してそうとは言えない。
「浄霊」の方法は、教団を拡大する方法として世界救世教の屋台骨となっている。天理教の「おさづけ」もたぶん同じようなヒーリングの方法である。
日本の新興宗教の多くの教祖が「エソテリック・ヒーリング」の手法をとりいれて教団の拡大を図った。しかし、彼らは狂信的に西洋医学を批判し、正統医学と対立したこともあった。これはJK覚者の意図することではなかった。
JK覚者の意図は、西洋医学と東洋医学(ヒンズー医学、チベット医学、中国医学)などのこれまでの人類の医学的知識を総合し、物質界に限定されてきた医学的研究が袋小路に到っている状況を打破するために、エーテルの世界にふみだすことを提案することが本来の趣旨であった。ところが、宗教団体はときには自分たちの優位を主張し、伝統医学を批判することが多かったので、JK覚者の目論見とは反対の方向に進んでしまった。JK覚者は西洋医学も神聖なる治療方法の一分野であり、治療の方法は光線タイプによって七つの方法を考えることができる、そのうちの複数の光線タイプを組み合わせて実際の治療法とすると提示される。西洋医学はたぶん、五光線を主として、七光線と組み合わせた方法である。宗教団体が行う治療法は六光線か二光線タイプの治療法である。キリストは二光線タイプの最高レベルの治療法であった。
西洋医学に携わる人々はエソテリック・ヒーリングを信頼しない。医学的知識をもたない人々の盲信、迷信の類であるとみなしている。
西洋医学を信奉している人々に、エーテル界のことを理解していただくことは難しいことかもしれないが、私たちはまず西洋医学とエソテリック・ヒーリングの統合を目指して、辛抱強く働きかけていきたい。
  1. 2010/06/29(火) 03:41:57|
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治療の失敗

私の実家の近所には神社の禰宜さん夫妻が住んでいた。夫婦だけで、子供がいなかった。私の家は大家族で、私は五人兄弟姉妹の末っ子であったので、子供の頃からその禰宜夫妻の家によく出かけていった。奥さんが私をかわいがってくれたのだ。「とらやの羊羹があるから食べにおいで」と言っては私を家に呼んでくれた。私が結婚してからも、私を呼んではお茶をご馳走してくれた。その奥さんはリュウマチを患っていた。私が訪ねていくと、リュウマチが痛むから病院まで車で送ってほしいといわれ、私はしばしばその奥さんの診察の送り迎えをした。
治療の勉強を始めた頃のこと、私は「エソテリック・ヒーリング」に示されている基本治療の方法を試してみたかった。
家に帰ってから、その奥さんの姿をイメージしつつ、秘教治療に示されている基本治療のやり方を試みた。エネルギーを送り出したと思った瞬間、そのエネルギーが跳ね返ってくるのを感じて私はその場に倒れてしまった。
そして、病気の中にはその病気を隠れ蓑としていて、治療されては困るというものがあることを知った。私は他者の自由意志を犯して善意のつもりで間違ったことをしたことに気づいた。
そのとき以来、自由意志の大切さが身に染みて理解できた。
  1. 2010/06/28(月) 12:52:03|
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上位のエネルギーは下位のエネルギーを支配する

上位のエネルギーが下位のエネルギーをコントロールする事実の体験談をお話ししたい。
私はかつて大学でフランス語を教えていたことがあり、そのときのことである。同僚の先生が風邪をこじらせ4ヶ月以上も風邪をわずらっていた。その先生と昼食をともにしながら、先生の悩み事を聞いているうちに、娘さんと喧嘩別れをして、娘さんが家を出て外国、たぶんアメリカは行ってしまわれた。そして先生はひどく落胆されて、気力がわいてこないようであった。私は先生の風邪が長引いているのは、落胆からくるエネルギーの滞りであると診断した。
家に戻ると、当時私は秘教治療を本格的に学ぼうとしていたので、アリス・ベイリーの「エソテリック・ヒーリング」に示されている基本治療のやり方にしたがって、先生を思い浮かべつつ、治療のエネルギーを送り出した。
一週間後、大学にいってみると、それまで風邪で苦しんでいた先生の姿は見違えるように元気になっていた。血色がまるでちがう。表情が明るくなっている。娘さんが家にもどってきたかと思わせるような変わり方である。しかし、娘さんがもどってきたわけではなかった。
そのとき、私は意気消沈によって、生命活力が滞って、風邪気を吹き払うことができなくなっていたが、治療エネルギー(たぶんメンタルエネルギー)によって、滞っていたアストラルエネルギーがあたかもプラグの火花が出ないガソリンエンジンのようになっていたが、わずかな火花によって一気に燃焼して、こじらせていた風邪が吹き飛んだのだと理解した。
しかし、治療はいつもこのようにうまくいくとはかぎらない。次回は、治療を失敗した例をお話ししたい。
  1. 2010/06/28(月) 03:19:48|
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フオースとエネルギー

秘教科学では、フォースとエネルギーを次のように区別する。
フォースは、エネルギーよりもより具体的となった力のことをさす。一例をあげるなら、たとえば、蒸気機関で石炭をエネルギーとするなら、フォースはそのエネルギーを燃して発生する車輪を動かす力をさすというように。
[スターウオーズ]という映画の中で登場人物たちがフォースと言っているのは、秘教科学でいうエネルギーのことである。
今日は、フォースのことではなく、具体的力となる前の、つまり七大中心を通過する前のエネルギーの上下関係についてお話したい。
JK覚者は秘教徒が魂エネルギーを解放することは、自然科学者が原子エネルギーを解放することに相当するというようなことを述べている。原子エネルギーの解放というと核分裂反応のことを考え勝ちであるが、実は核融合反応によっても、莫大なエネルギーが解放されるのである。
秘教治療における魂の解放は、魂の融合といえるものである。患者と治療家の魂は融合し、患者も病気から解放されると同時に生まれ変わるが、治療家も新たな体験によって生まれ変わったといえるほどの変化を体験する。
魂エネルギーは巨大なエネルギーである。そのことを説明したい。エネルギーの上下関係を説明するために、ガソリンエンジンで譬えてみよう。ガソリンを感情レベルのエネルギーであるとすると、プラグの火花はメンタルエネルギーである。つまり、上位にあるメンタルエネルギーは、下位のアストラルエネルギーを支配し、コントロールすることができる。それよりも上位にある魂エネルギー即ちブッディのエネルギーとなると、芥子粒ほどの大きさのエネルギーでも大量のアストラルエネルギーを一気にコントロールする。わずか1グラムのウラン燃料が何百トンの石油に相当するのと同様である。
次回はメンタルエネルギーを欠いて、不完全燃焼を起こしているアストラルエネルギーに、わずかなメンタルエネルギーによって、一気に完全燃焼を引き起こす話をしよう。
  1. 2010/06/27(日) 22:49:11|
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トライアングルの科学

以前のブログ「三人寄れば文殊の知恵」の中で取り上げた、「協調した心によって、協調的ではないときには発揮できなかった能力が発揮できるようになる」ことについて、再び論説したい。
先に、「トライアングルの科学」という名称を用いたが、このような表現とは別に、この考え方は、古くから人々にそれとは気づかれずに認められていた。古くは聖徳太子が十七条の憲法の中で「和をもって尊し となす」と憲法の形で制定している。この文にはトライアングルという考え方はないかも知れないが、「協調した心によって、協調的ではないときには発揮できなかった能力が発揮できるようになる」ということがはっきりと伝えられている。
 歴史上、三角組みが大きな影響力を持つと明確に認識されたのは、たぶん外交の分野ではないだろうか?現代史において、各国の外交官たちは「三国同盟」「三国協商」という形で国のスクラムによって、対立する勢力と対抗しようと考えた。
 古くは毛利元就の「三本の矢」の話が有名である。そして、新しいところでは、北朝鮮に対抗するに6ヶ国協議というものを作っている。しかし、この6ヶ国協議は、その中に真の協調関係が築かれていないために、プラスαの機能をもたらしてはいない。
 真の協調関係は、以前にとりあげた「ブッディ」のエネルギーをもたらすものである。このブッディのエネルギーは、メンタルエネルギーを越えるものであり、メンタル傾向が発達している西洋人よりも、感情傾向のつよい東洋人(日本人)の方が、到達しやすいことが秘教の教えのなかには示されている。活発すぎるマインドは、直観のエネルギーを受け入れる障害となるからである。
「トライアングルの科学」が普通の人に知られるにつれ、「ブッディ・エネルギー」は意識的に日常的に用いられるようになるだろう。私たちは治療の分野でそのさきがけとなりたい。
  1. 2010/06/27(日) 05:43:16|
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グループ治療

「三つの奇跡」というブログの中に書きましたが、昨年6人集まって、アリス・ベイリーの秘教治療を月2回のペースで勉強していました。(残念ながら、今はやっていません)。勉強会の初めの方で、私は次のように言いました。「これからの時代は、グループ活動が主体となる。治療も個人ではなく、グループ構成で行うほうが、効率がよい」と。そして、私はみんなにトライアングル瞑想を勧めて、他の2人のメンバーと光の線で結びついてマントラムを唱えることをすすめました。そして治療を行う際には、グループの他のメンバーを思い浮かべて、意識的にアストラル体とメンタル体( つまりカーマ・マナスの体)を光の線で結び、心の中でマントラムを唱えて、治療のエネルギーを差し向けなさいと。
 私の家内は介護の仕事をしています。以前は私の言うことなど全く耳をかたむけませんでしたが、自分の父親が今にも死にかかっていたときに、私が秘教治療をおこなって、寿命が延びたことを目撃してからは私の言うことを素直に聞くようになり、毎日トライアングル瞑想を実践していたようです。
 ある日、自分のお客さんの老人の方を介護しているとき、その老人の方がぎっくり腰になりました。家内は、私が勧めたことを忠実に守って、他のメンバーを思い浮かべつつ、「この方のぎっくり腰は、本来この方が患うべきことではなく、家族の他の人のために、犠牲となられたのだから治るはずだと考えて、治療のエネルギーを送りました。その瞬間にその方のぎっくり腰は治ったのでした。
 介護の仕事をしていると、治療の実践をする機会が多いのか、家内は指名を受けることが多くなったとよろこんでいる。今では私よりも自信を持って治療を行っているようです。
  1. 2010/06/26(土) 06:50:30|
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トライアングルの科学

6月24日の日本対デンマークのサッカーの試合をご覧になった方は多いと思う。19日に行われた日本対オランダの試合もそうであったが、日本の選手が相手チームの選手にボールが渡ったとき、3人の日本選手がボールを保持する一人の相手選手を取り囲んでディフェンスをする場面を多く見た。
 3人で取り囲むと、相手チームにボールをパスできるスペースが広がって、不利になるような気がするが、この形態のディフェンスは首尾よく行われた。
 秘教科学では、「トライアングルの科学」というあまり人々には知られていない、新時代の考え方がある。以前にお話しした「三人寄れば文殊の知恵」という諺を敷衍したものである。つまり、三人集まると、知恵が一般レベルよりも高いレベル(私はブッディレベルと言いたい)となる。これは、メンタルレベルの単なる知識ではなく、個々の人間では考え付かないインスピレーションを得て行動することができるということを表現している。和の精神の発揮である。
 トライアングルの科学とは、三人組みを作ることによって、高いレベルのエネルギーを導入できるという科学である。三人が一つの単位で、三人以上であれば、何人でもよい。4人集まると、三角組みは4つでき、5人で構成されると、三角組みは20できる。つまり、組み合わせの数学である。
 現在、企業の中には、「競争精神」よりも「グループ精神」つまり、お互いにメンバーの足りない点を補い合うことによって仕事をなそうという考え方を取り入れているものが出てきた。
 近い将来、トライアングルの科学は一般的に認識され、それに基づいて、科学的にブッディエネルギーを利用するグループ活動が普及していくだろう。
  1. 2010/06/25(金) 10:21:19|
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ブッディ・エネルギーとは

前回とりあげたブッディ界のエネルギーとは何か?
アリス・ベイリーの「テレパシーとエーテル」という本の最初のページに「人間の構造」と題された表が載っている。その表によると、人間は物質界だけでなく、アストラル界、メンタル界、ブッディ界、アートマ界、モナッド界といういくつもの界のエネルギーから構成されている。
 物質界の上位、即ち、固体、液体、気体という三体の上位に四つのエーテル界があって、すべてのエネルギーはこれら四つのエーテルを経由してやってくる。
 ブッディ界のエネルギーは、メンタルエネルギーの上位にあるインスピレーションと言い換えることができる。直観のエネルギーである。芸術家、作家、音楽家、創造的科学者が操作するエネルギーと言うことができる。カントの純粋理性はこのエネルギーのことを言っている。
 数学者パスカルは、歯が痛くてどうにもならないとき、歯医者に行かず、数学の問題を考えて痛みを忘れたという話がパンセの中に書かれている。高等数学を解くためには、直観が必要で、ブッディのエネルギーが自動的にひきつけられる。
 個人でこのブッディのエネルギーを操作できるようになるためには、相当な訓練が必要となりますが、前回お話したように、三人の人が集まれば、容易に治療エネルギーとして操作できるようになるというのが私の見解です。今回は少しむずかしい話でした。
  1. 2010/06/25(金) 04:38:41|
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グループ治療について

今日はグループ治療について考えてみたい。
昔から、複数の人々が力を合わせると1+1=2という計算とはならない、それ以上の力が発揮されることが言われてきた。法隆寺の五重の塔を建て替える仕事をされた宮大工の西岡常一氏の「木に学べ―法隆寺・薬師寺の美」という本に書かれているように、五重の塔の木組みのもとは、人の和の心、協調する心であることが秘伝として伝えられていることを述べられている。大勢の宮大工が心を一つにして仕事に取り組まなければ、千五百年も持ちこたえられる塔を建てることはおぼつかない。匠の技を伝えること以上に、人々の統一された意志を作っていくことが秘伝とされるほど、重要な要素であったのだ。
 建築に限らず、スポーツの世界でも、現在行われているサッカーのチームをみると、身体能力の勝っているメンバーがそろっているチームよりも、全メンバーの協調姿勢がはっきりと出ているチームのほうが勝利をおさめている。 
 協調した心によって、協調的ではないときには発揮できなかった能力が発揮できるようになることは、人々が経験的に認識している。ただ、人の能力という目には見えないもののことであるから、その意義について科学的にどのような利点が生まれるかを調査することもできない。しかし、目覚めた人はこの協調とか和の精神ということから発揮されるとてつもないパワーに気づいて何よりも協調ということを重視する。 
 かつて、キリストはこう言われた。「私の名において、三人の人が集まれば、私はそこにいる」と。日本の諺に「三人寄れば文殊の知恵」というものがある。
 治療の仕事においても、三人の人が意を同じくして治療しようとすると、そのエネルギーは、たぶんブッディ界のエネルギーではないかと思われるエネルギーが発揮される。それほど奇跡的な治療がなされるのである。キリスト自身がなされたような治療である。
これからの世界は、グループ活動が脚光を浴びるようになる。そのようなことがニューエッジ運動を取り上げる人々によって主張されている。
  1. 2010/06/24(木) 04:51:44|
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瞬間的治癒について

先生はこんな話をされた。
「これまで、多くの治癒を経験してきているが、瞬間的に治ってしまうということは、私もほんの二、三回しかない。それは本当に奇跡といえるものだった」。
 ある日のこと、スーツに身を包んだサラリーマン風の男性が先生を訪ねてきた。先生が庭に出て、草取りと花に水遣りをしているところに、一人の中年の男性がタクシーで乗りつけ、タクシーを降りると、右手でお腹を押さえ「アイタタ」と言って苦悶の表情を浮かべつつ、先生に「助けてほしい」 と訴えた。
 その男性のあわてた様子に、先生はなにごとかと思ったが、ちらりと男性の方を見て、ひとこと言われた。「あんたが自分のことを、これぽっちの人間だと考えているかもしれないが、私はあんたが偉大なる存在であることをあんたよりもよく知っている」。
 それを聞いて、サラリーマン風の人は、苦痛でゆがんでいた顔をあげ、「はあ?」 と言ったきり先生の顔をじっと見つめた。その表情から、「 あんた何を言っているのだ?」と言いたかったのだろうと先生は思われた。たぶん先生の言葉がすぐには理解できず、どういう意味であるかと考え始めたのだろう。ポカーンと口をあけて怪訝な表情をした。すると、お腹の痛みはとれたのか、押さえていた手を離し、そのままスタスタと歩いて、待たせておいたタクシーに乗って帰っていった、と話された。
 私の解釈は、次のようなものである。たぶんその男性は、出勤途中に胃痙攣か急性胃炎などに陥った。どこかで先生のうわさを聞いていたのだろう。それで医者にはいかず、先生のところをたずねれば、何とかなると考えてタクシーで乗り付けた。そして、先生の言葉の意味を理解しようとして、今までお腹の痛むところに集中していた意識を頭(マインド)のほうに向けた。その瞬間に魂との接触がなされ、魂エネルギーがどっと流れた。
この瞬間的治癒の話には、私たちが学ぶべき大事なことが多く含まれている。
  1. 2010/06/23(水) 09:07:44|
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質問に対する答え

「色々質問ばかりすみません。
上記の内、自分がどこで治療を行っているかを調べるにはどのようにすれば良いのでしょうか?
たとえば、プラーナだけを伝達している状態の主観的な体感に特徴はあるのか、
などです。
情緒エネルギーを使っているときは「同情」の気持があふれている、などありま
したらお教えください。
よろしくお願いします」。
まずはっきりさせておかなければならないことは、完全にプラーナだけ、情緒エネルギーだけ、メンタルエネルギーだけという区別はありえないということです。プラーナ、情緒(アストラル)、メンタル、魂の各エネルギーは、グラデーション模様で変化しており、ある人はプラーナがもっとも強く、ある人はアストラルが最も強く、ある人はメンタルが最も強く、そしてある人は魂が最も強いというだけで、メンタル治療家の人にアストラルエネルギーの要素がないというのではありません。プラーナを最も用いる人にアストラルの要素がまったくないというのではありません。
 プラーナエネルギーを主として治療に用いる人は、自分のエーテル体中のエネルギーの枯渇に注意しなければなりません。
アストラルエネルギーを多く治療に用いてしまうと、自分の太陽叢センターに関係する肉体器官のトラブルを引き寄せます。治療中に無意識に太陽叢に意識が集中しているかどうかは、初期の段階では分かりにくいかもしれません。同情心、不安感、圧迫感があれば、そこにエネルギーが集中している可能性があります。意識してハートセンターに焦点をもって行くようにします。
 次第にメンタル要素が多くなってくれば、欲望の種類、情緒・欲望のレベルが高まり、執着心ではなく、魂エネルギーが流せるようになりたいという欲望に変わってきます。どんな場合にも欲望エネルギーはありますが、精妙さが異なっているというべきでしょうか?
  1. 2010/06/22(火) 04:42:38|
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エネルギー放射の準備

昨日も書いたとおり、噂を聞いて先生を訪ねてくる人は、病気を抱えた人とはかぎりませんでした。夫婦関係、家族関係などの人間関係のトラブル、高校入試や就職についての相談もありました。それらの人々に、先生はたいてい同じ話をされていました。それは昨日お話ししたように、人間に仕組まれている魂の道具である七つのチャックラの話でした。初めて聞く人にはなかなか理解しがたいことでもあるので、ゆっくりと丁寧に、ほぼ半日かけてお話しされました。そして、人間の眉間には、第三の目と呼ばれている霊的な器官が備わっていて、その器官をつかって、これまでに自分が解決したいろいろなケースについての話をされた。人は、助けを求めて来た人々に、その器官を使って、力を送ることができるという話をされた。その話をされる前には決まって「私の話は、眉につばをつけて聞いてください」と前置きの言葉をおっしゃる。つまり、「眉唾物であるから、信じなくてもいいですよ」という謙遜の言葉であった。助けを求めてやってくる人は、もちろん疑うような人はいない。その話を聞いて、きっと自分のトラブルも先生の眉間から放射される魂のエネルギーで解決されるだろうと信じるのである。
 先生の話は難解であるが、その話をひとしきりきいた後には、たいていの人の顔色が変わっていた。暗い沈みがちな顔色が明るい輝かしい色に変わっていたのである。おばちゃんはオーラが見えるのか、お茶を運びながら、すぐにそのことに気づいて、「顔色が明るくなりましたよ」と指摘していた。
 そして、その人が家に帰ってみると、トラブルが解消されているのであった。
  1. 2010/06/22(火) 04:38:22|
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治療の準備

先生のところに助けを求めてきた人に、先生が必ずお話しされていた内容を紹介しよう、
先生は、問題を抱えて相談に来る人に対して、いつも同じような内容のことを告げておられた。私は、トラブルの種類が違うのだから、話す内容も違うのが普通ではないかといつも心の中で思っていたものだ。そのことを先生に聞いてみたいと思ったが、ついにそうすることはできなかった。
 先生は、いつも同じことをすべての人に向かって話しておられた。その内容というのは、人体を描いてその人体に秘められている七大中心を円で描き、それぞれの中心が果たしている役割についての話であった。秘教の教えに接したことのない人々にとって、チャクラの話は、初めて聞く話に違いなかった。
 体の中央に横隔膜があって、その下の太陽叢センターと横隔膜のすぐ上のハートセンターの役割についての話がもっとも多かった。トラブルを抱える人の多くが感情偏極をしている人が多いので、もっともなことと言えばそれまでであるが、先生の話を聞いた人は、意識してハートセンターに集中しようとするに違いない。それが、治療のエネルギーを送る準備段階となっていたのであろう。
長時間にわたる話であるので、午前中に相談に来る人は、たいていはお昼ご飯をご馳走になる。そして夕刻近くまで、先生のお話を聞くのであった。
 ときには、忙しくて先生のお話をゆっくり聞けない人には、先生はアリス・ベイリーの難解な本、たとえば「秘教瞑想に関する手紙」というような本の一部をノートに書き写すことを課題として与えられた。内容を理解できるかできないかに関わりなく、トラブルを解消してほしい気持ちがどれだけあるかを、その課題によって試されていたのだと思う。
 「秘教瞑想の手紙」の一部をノートに筆記することを課題として、与えられた人は、ちょうど写し終えたときにトラブルが解消されていたという。
 先生の治療は、肉体の病気だけに限定されない。夫が家を出て行って何年も帰ってこない、子供の視力が急に衰えて、学校の視力検査で0.1だといわれてきた。便秘がひどくて何日も便がでていない。夫は肉食が好きで、毎食分厚いステーキを用意しないと、ひどく怒るというように、ありとあらゆるトラブルの相談が持ちこもれていた。
  1. 2010/06/21(月) 08:30:12|
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三つの要件

秘教治療を目指す人の訓練として、次のような三つの要件を挙げておきたい。
一番目は、「完全なる冷静さ」と表現される感情体のコントロールである。秘教治療家は、非常に重症の患者を目の前にすることがある。その苦しむ姿を見て動揺し、激しく感情体を振動させるようなことがあってはならない。「もしあなたがあらゆる情緒的反応から完全に自由になっているなら、あなたのマインドの明晰さ、明晰に考えることのできる能力は、そこに含まれるすべてのことがらとともに、非常に増大するということは確実である」。
 二番目は、「完全なる見解」と表現される無執着と識別という二つの特質の発達である。そして「分離」という大いなる異端から解放されていることが必要である。このとき障害のない愛のチャンネルとして機能することができる。
 三番目は、「神聖なる理解」という言葉で表現される魂の特質、「マインドを光の中に着実に保持する」能力である。
 以上の三つは、高位のイニシェートが示す特質であるが、低い段階にいる弟子、すなわち秘教治療家にも、低位のレベルでそれに相当するものを、ある程度表現できることが求められている。
 関心のある方は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中の「大審問官」という章でとりあげられているキリストの荒野における三つ試みをお読みください。キリストが悪魔に誘惑の試みにあう話である。その三つの試みが上で取り上げた三つの要件の高位での特質を表現している。
  1. 2010/06/20(日) 06:41:50|
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「気孔」師と秘教治療との違い

「いつも楽しみにしております。
エーテルの話を読んでいてふと思ったのですが、秘教治療と気功との違いは何かありますか?よろしくお願いします。」

今日は、この質問に答えたいと思います。
6月2日の私のブログ「人間に流れる5種のエネルギー」の中に書きましたが、一概にプラナと言っても、その中には大きく5つのレベルに分けることのできるエネルギーが含まれています。プラナについての詳しい記述は、アリス・ベイリー著「魂の光」 (A.A.B.ライブラリーp330-)に詳しく書かれています。
JK覚者は、治療家を大きく四つのレベルに分類しています。
1. 平均的な知的ではない治療家。
このタイプの治療家は通常、単に、プラナそのものを伝達する。このエネルギーは惑星のエネルギーである。これは、治療家の体を通しつつ、患者のエーテル体エネルギーと混合される。これらのエネルギーは患者を十分に刺激し、そのため、患者はその衰弱させている病気を投げ捨てることができる。
2.やや知的な情緒的治療家。
上記のタイプのエネルギーと情緒的エネルギーを混合させて治療を行い、したがって、患者の肉体だけでなく、自身のアストラル体にも活動を生み出す治療家もいる。これは時には深刻なトラブルを引起し、アストラル的トラブルが発生するために、真の肉体的治療とならないことが多い。
3.メンタル治療家。
 上記二つのフォースと魂エネルギーを混合し、これによってパーソナリティ・フォースの総合的なものを生み出す。知的に操作して、この総合的なものは、一定の組織化と整列を生じさせることによって、患者を治療する。
4.魂治療家。
上記三つの方法の上を行くものであり、患者のメカニズムに、純粋な魂エネルギーを流入させ、かつ通過させる。これはキリストがなされた方法であった。この方法で治療を行う人は今日では殆どいない。しかしながら、あなた方はこの方法を目標に掲げるべきである。

「気」 のエネルギーとは、此処でプラナと述べられているエネルギーのことで、秘教治療を効果的に行うためには、惑星プラナ(地球そのものの固有のエネルギー、大地のエネルギーをと言ってもよい)、太陽プラナを積極的に活用することを習得する必要があります。
しかし、秘教治療家となるためには、そこにとどまっていてはいけません。病気の原因は純粋に肉体レベルのトラブルから発症しているものは少なく、感情体に原因があるもの、メンタル体に根本原因があるものが多いのです。
「気」のエネルギーを使う治療法では、純粋に肉体レベルに原因があるトラブル(たとえば、ぎっくり腰など)の痛みをとるのに大きな効果を発揮します。しかし、もっと主観的な原因、内面の奥深くに秘められた心理的原因から肉体に発症している病気を治療すると、一時的に治っても、根本原因が取り除かれていませんので、遅かれ早かれ、再発するおそれがあります。そしてそのときには、病気はもっと深刻になっています。だから、病気の種類によっては、気孔で治療する治療家にゆだねない方がよいものがあります。
  1. 2010/06/19(土) 09:51:20|
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三つの要件

少し内容が難しいかもしれないが、秘教治療を目指す人の訓練として、次のような三つの要件を挙げておきたい。
一番目は、「完全なる冷静さ」と表現される感情体のコントロールである。秘教治療家は、非常に重症の患者を目の前にすることがある。その苦しむ姿を見て動揺し、激しく感情体を振動させるようなことがあってはならない。「もしあなたがあらゆる情緒的反応から完全に自由になっているなら、あなたのマインドの明晰さ、明晰に考えることのできる能力は、そこに含まれるすべてのことがらとともに、非常に増大するということは確実である」。
 二番目は、「完全なる見解」と表現される無執着と識別という二つの特質の発達である。そして「分離」という大いなる異端から解放されていることが必要である。このとき障害のない愛のチャンネルとして機能することができる。
 三番目は、「神聖なる理解」という言葉で表現される魂の特質、「マインドを光の中に着実に保持する」能力である。
 以上の三つは、高位のイニシェートが示す特質であるが、低い段階にいる弟子、すなわち秘教治療家にも、低位のレベルでそれに相当するものを、ある程度表現できることが求められている。
 関心のある方は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中の「大審問官」という章でとりあげられているキリストの荒野における三つ試みをお読みください。キリストが悪魔に誘惑の試みにあう話である。その三つの試みが上で取り上げた三つの要件の高位での特質を表現している。
  1. 2010/06/18(金) 20:00:56|
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エーテルは距離がない

前回、治療のエネルギー(愛のエネルギー)を、相手の人が眼前ではなく、遠く離れてところにいても、視覚化によって同様に送ることができるという話をしました。その話の具体例をお話ししたいと思います。
 先生の仮寓の民家の近くにお寺があり、そこの娘さんが時々お友達といっしょに先生のお話を聞きに訪ねてきました。そして大学を卒業する前に学友たちとともにエジプトへ修学旅行としていきました。その旅行先のエジプトから先生のところに電話がかかってきました。エジプトで飲み水が合わなかったのか、ひどい下痢を患い、旅行を続けることがむずかしくなったという。娘さんは、先生が遠隔治療で、遠く離れた人のトラブルを解決したことをたびたび耳にしていたので、自分の下痢も治していただけるかもしれないと考えて、エジプトから国際電話をかけてきたのであった。先生は「平安な心で待ちなさい」と言って電話を切り、すぐに自宅に庭に作ってあった小さなピラミッドの中に入って瞑想し、遠隔治療を行った。その後娘さんから、「下痢の症状がなくなったので、学友と旅行を続けることができます、ありがとうございました」と連絡がはいった。
先生は、このときの体験談をたびたびしてくださった。そして、治療のエネルギーはエーテルを経由して送られるので、たとえ地球の裏側に相手がいても、目の前にいるときと同じである。距離はまったく問題とならないということを語ってくださった。
 かつて、科学は光の波動説をとなえ、真空中でも光が伝わるためには、媒体となるものがあるはずで、それをエーテルと名づけて、この宇宙はエーテルに満たされているという仮説を唱えたことがあった。しかし、光の粒子説が唱えられるようになると、エーテルの存在も敢えて仮定する必要はないとして、認めなくなってしまった。しかし、科学者の中にはエーテルの存在を、なくてはならないものとして認めている人もいるようである。
 光は1秒間に地球を7回り半、つまり、30万キロメートルの速さで伝わる。しかし、想念はその百万倍もの速さで、空間を伝わるのである。
  1. 2010/06/18(金) 07:39:51|
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治療家の陥りやすい危険

このような話をすると、治療の勉強意欲をそぐことになってしますのではないかと思いますが、早めに話しておきたい。今日は治療家が陥りやすい危険について、述べておきたい。
ある日先生のお宅を訪ねると、先生は庭にでて山のように積み上げられた蔓草をラシャバサミを使って、短くきり新聞紙の上におられるところだった。それは忍冬というつる草だった。
 そのつる草をどうされるのですか?と私は尋ねた。先生は、ちらりと私のほうを見て、その質問には答えず、家に上がるように促された。
おばちゃんが入れてくださった上喜撰の緑茶をいただきながら、先生の言葉をまっていた。
先生は、「禁止」という表現を使って、治療家は「おへその意識」を使ってはならないというようなことをおっしゃった。「おへその意識」とは初めて聞く人には何のことかわからないが、おへそ辺りには太陽叢センターがあって、それは感情と欲望のエネルギーが集中するセンターである。先生は右手をお腹の上で横にあてがい、横隔膜の下のセンターを使って治療を行うことを禁止するとおっしゃった。そして、自分が行った治療によって、腎臓にトラブルを抱えるようになってしまったことを打明けられた。先生の顔色がこのところ心なしか黒ずんでいることに気づいた。 プロの治療家は、責任感が重圧となって、無意識的に太陽叢センターを使って治療を行ってしまう。

                                  規定2
治療家は生活上の純潔さを通して、磁力的純潔を達成しなければならない。頭にある三つのエネルギー・センターを結びつけると病気を駆逐する放射がどの人にもみられるようになるが、治療家はこれを達成しなければならない。この頭の磁場がつくられると、放射は自然に行われる。
 
この規定にあるように、治療家のエーテル体がある程度純化されて、エネルギー的に高まると、トラブルを抱えた人とのラポート(共振関係)が割りと容易になされるようになる。そして、患者の方とのラポートができると、そのとき患者の症状が移ってくる。恐怖感を抱かず、落ち着いた対応ができるようになっていなければ、そのエネルギーが自分のエーテル体にとどまってしまうことになる。
  1. 2010/06/17(木) 06:35:53|
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創造的想像力について

「度々すみません。
眉間を意識している最中は意識的に「目の前の相手に送る」という思いは必要でしょうか?それとも自然に流れるものなのでしょうか?
よろしくお願いします。」
「愛などのエネルギーを送る時、視覚化などの必要はありますか?それとも自然に流れるのですか?
また愛のエネルギーは眉間だけでなく、目からも流れるのでしょうか?」

 上記のような質問をいただきました。秘教治療という一般の人々には馴染みがたい内容のブログを読んでくださり、うれしく思っています。
 目の前に実際に相手の方がいる場合は、特に意識しなくても、眉間と両目から治療の愛のエネルギーは流れていくと思います。
 眼前にいないとき、エーテルについての理解があれば、空間的な距離に関係なく治療エネルギーが流れていきます。その際、おっしゃるとおり、「視覚化」というテクニックが使われます。この言葉が浮かんでくるとは質問者の方はすでに治療ができるし、実際に治療を行っておられるのではないでしょうか?
 JK覚者は、「創造的想像力」という言葉を使われます。治療エネルギーを送るべき人が眼前にいなくても、あたかも眼前にいるかのように、ありありとその人のイメージを描き、愛のエネルギーをあたかも操作できる光の塊のように想像して頭に集め、そして視覚化した相手がそのエネルギーを受け取っていると、「感じる」ことが大切であると述べておられます。
 いつの日か、イニシエートになっていない初心者向けにアレンジされた「放射治療」によって、愛のエネルギーを眼前の患者に注ぐ具体的方法を解説したいと思います。その方法はアジナセンターと左右の目でトライアングルを形成し、そのトライアングルをエネルギー分配の器官と意識して愛のエネルギーを相手に注ぐのです。
  1. 2010/06/16(水) 05:56:34|
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規定4について

                                 規定4
 治療家または治療グループは意志を抑制しなければならない。治療に用いられるのは意志ではなく、愛である。

今日は、秘教治療をめざして勉強しようとする人には、多少難しいと思われる規定について、お話したい。
 治療しようとする気持ちの中には、とりわけ初めての体験のときには、ここで戒められているような意志のエネルギーを用いがちとなる。「私が治療してあげる」という気持ちは、秘教用語でいる「人格意志」といわれるものである。または自我意志とも言えるかもしれない。その中には執着心がないとはいえない。これは、イエスが治療を行ったときに用いた霊的意志とはことなるものである。「人格意志」と「霊的意志」の違いについて、よく考える必要があります。 
 治療を目指すものは、治療のエネルギーの中にこのようなエネルギーをできるだけなくすように努力しなければならない。初期の段階では多少の人格意志が混合することもやむを得ないかもしれません。しかし、出発点においては、愛する気持ち、やむにやまれない愛の気持ちがなければ、治療はうまくいきません。愛の気持ちが純粋であればあるほど、治療効果は奇跡的な効力を持ちます。
 かつてこんな経験をしました。私が、大学生だった頃、学園祭でシャンソンを楽しみつつクレープを味わっていただくという企画をたて、お客さんに提供する飲み物に入れる氷をアイスピックで細かく砕いていました。夢中になってアイスピックを手でたたいているうちに手のひらが血で真っ赤になっているのに気づきませでんでしたな。それを見た同じ学部の女子学生が「かわいそうに」と一言言って、私の手をジッと見つめました。その瞬間私の手の擦り傷は跡形もなくなり、出血していた血も消えてなくなりました。何と言う奇跡であるろうか。一瞬のことで、誰も気づきませんでしたが私自身は、狐につまされたような気分で、その後「今のは、何だったのだろう?」とずっと考えていました。しかし、今はそのときの状況が理解できます。
  1. 2010/06/15(火) 10:49:33|
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規定5について

「いつも楽しみにしています。
つまりは、患者の問題の原因となるセンターが喉のセンターなら治療家も喉のセンターに意識を集中する、という事ですか?よろしくお願いします。」

規定5の記事について、上記のような質問をいただいたので、ここでお答えしたいと思います。
 基本的には、それでいいのですが、秘教治療を読み進むと、治療家のセンターへの集中は一つのセンターに限定されることはないということがわかってまいります。
 秘教の教えは、時には矛盾しているように思われる教えが書かれています。しかし、一つひとつの教えの言葉をしっかりと記憶していると、矛盾しているのではなく、意識が拡大されていくにつれて、マインドはやや複雑な働きが普通にできることがわかってまいります。
 眉間に宝石を埋め込まれた観音像で示されているように、アジナセンター(眉間センター)はエネルギーの分配センターであり、治療エネルギー(愛のエネルギー)は、頭に集められ、このセンターを通して患者の必要としているセンターへと送り出されるので、むしろ日ごろからアジナセンターへの集中を訓練すべきです。
 つまり、トラブルの箇所が喉センターにあるなら、自分の同じセンターに集中してそこから必要なエネルギーを放射しますが、同時にアジナセンターからも愛のエネルギーが相手の喉のセンターに放射されています。

  1. 2010/06/13(日) 05:53:48|
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がんの治療

またこんなこともあった。藁葺き屋根の古い農家は、6畳の間が東西に二部屋続いていた。西側の奥の部屋は先生が寝室に使っていた。ある日のこと、先生のお宅を訪ねると、昼食間近な時間であったが、先生は布団から出てそのままの格好で、南側にある縁側に出て日向ぼっこをしておられた。らくだ色の長襦袢とパッチ姿であった。訪ねた私をそばに呼び寄せて、「よく訪ねてくださった」とねぎらいの言葉をかけながら、珍しく、心なしか気落ちした面持ちで、パッチのすそをめくって足をさすっておられた。みると、やけどのあとのように、右足全体にケロイドができていた。私が「どうされたのですか」と尋ねると、「ガンを無理に治そうと思って、私の足に相手のガンを移した」と言われた。しばらく沈黙が続き、私の心のなかでは、「ガンを無理に治そうとすると、自分の肉体を犠牲にしなければならないのか」と、治療技術についての疑問がふつふつと煮えたぎっていた。
その後、先生はその体験から学ぶことがあったようで、ガンの治療に自信をつけられ、よくこんな話しをされた。
 近所のお寺の住職が医師の診断で、肺がんであることがわかった。住職は同僚たちといっしょに近々台湾に旅行することが決まっていた。肺がんをかかえまま旅行に行って、病状が悪化するのではないかと心配している。病院の先生からは台湾旅行を中止するように言われていると。住職は、その娘さんがかつて先生に助けられていて、先生のことを娘さんから聞いていたので、先生なら何とかしてくださると思って訪ねてこられた。先生はひとしきり住職に話をして、帰りがけにせんべいを渡して、これをポケットに入れていきなさい、と伝えた。住職は、先生に言われるままにそれを胸のポケットにしまいこんだ。台湾旅行に行く前に、再検査しようと病院でレントゲンを撮ってもらった。驚いたことにガンの影が無くなっていた。住職は安心して同僚たちと台湾旅行にでかけた。
 このような話をされた。先生のガン患者を治療するパワーはアップしたようで、うわさを聞きつけて、ガン患者の方が次々に訪ねてこられた。
  1. 2010/06/12(土) 05:09:42|
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先生のオハコのお話し

今日は先生のオハコのお話し、「糖尿病患者の治療」の話しをします。私は、先生からこの話しを何度も聞かされました。先生にとってもよほど楽しい体験だったのだと思います。

 ある日のこと、関市の隣町、富加町というところの商工会議所の会長さんが訪ねてきた。私も先生のお宅でその方に一度お会いしたことがある。ずんぐりしていて、頭のてっぺんが少し薄くなっていたが、顔色は決して悪くは無く、血色のよい人だった。50ぐらいの年齢だったと思う。

 その人が初めて先生のお宅を訪ねたときのことだった。土間に立って丁寧に挨拶され、自己紹介された。自分は、人づてに、話しをするだけで病気を治す人がいると聞いて、その人はどんな人か興味があったので訪ねてきた、というような話をされた。先生は、あがってお茶でも飲んで行ってください、と先生がその前に座っている座卓へと促し、すでに用意してあった、常用饅頭を召しあがれ、と勧めた。

 ところがその人は、なかなか饅頭には手を出さず、ジッと眺めるばかりで、四方山話を続けた。先生が時々「遠慮なさらずに、どうぞ召し上がってください」と何度も勧めるので、その方は意を決して「実は私は糖尿病で、甘いものを控えているのです」とうちあけた。そのとき先生は、急に声を荒げて「これを食べれば、糖尿病は治るわ!」と、大声で怒鳴りました。その方はその勢いに押されて、我知らず、饅頭を食べてしまったというわけです。その後、先生との話を早々に切上げて、自宅に戻りましたが、気になっていたので、かかりつけの病院にいき、尿の糖度検査をしてもらいました。驚いたことに、糖度が下がっていたのでした。それっきり、糖尿病が治っていることにやがて気づくことになるのです。

 先生が、私に打ち明けてお話しくださったことは、富加からやがて人がやってくる。先生がペテン師であることを突き止めてとっちめようと勢いこんでやってくる。その人が糖尿病であることがわかったので、饅頭を用意してもらって準備していたとのこと。単に話すだけで病気が治るはずがないという考えでその人は頭が凝り固まっている。この殻を打ち破るには、相当のパワーがいる。そこで、糖尿病患者は饅頭を食べてはならないと主張する固定観念を打ち破るために、声を荒げて怒鳴りつけた。その勢いに考えがふらふらとなって、観念の殻に隙間ができる。その隙間から治療のエネルギーを注ぎ込むのだ、とお話しくださいました。

 先生にはエーテル視力があって、やがて訪ねてくるだろう人がどのような人で、その人の考えていることもエーテルを伝って前もってわかるようでした。

 このとき、治療のエネルギーが効果的に奏功するためには、患者の固定観念に隙間を作っておくテクニックの重要性を私は教えていただきました。
  1. 2010/06/11(金) 05:35:04|
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規定5について

規定5
 治療家は必要なエネルギーセンターに必要なエネルギーを集中させる。そのセンターはエネルギー欠如を生じている患者のセンターに対応する。二つのセンターは共振し、フォースを上昇させる。かくして待ち構える形態の治療上のバランスが作られる。かくして、二つのものと一つは正しい方向づけによって治療する。

たとえば、老齢となると、男性は精力剤のサプリメントを飲むことがあります。それはサクラルセンターのエネルギー不足を自覚しているからで、それが原因となって様々な病気を発症することがあります。
 また、がっかりした場合、意気消沈といって、太陽叢センターのエネルギー不足に原因する病気からの回復が遅れている人もいます。そして、大勢の人がハートセンターのエネルギー不足によって、人間関係のトラブルを引き起こすことがあります。
 このように、エネルギー不足が原因と思われるケースでは、患者のそのセンターと対応する自分のセンターに、必要と思われるエネルギーを集中させて、規定5に述べられているごとくに想念します。
 秘教治療は、複雑で多岐にわたる知識を学ばなければなりませんが、実践ではそのような複雑な知敷を一つひとつ応用しているかと言えば、一々そのようなことを思い浮かべることはまずありません。直観的に、このセンターのエネルギーが不足しているなと、チラッと思うだけで、後は、よくなりますようにという思いだけです。ですから、はじめから、このような複雑なことは学ばなくてもよいのではないかと思います。しかし、このような知識を得れば得ただけ、メンタル体が強力となり、治療能力がアップすることを自覚することができます。
  1. 2010/06/10(木) 05:38:33|
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秘教治療のテクニック

法則Ⅳ 
 肉体上の病気であれ、精神病であれ、その根は真、善、美の中にある。病気は神聖な可能性の歪んだ反映である。抑圧された魂が、ある神聖な性質または内面の霊的リアリティを完全に表現しようとして、その鞘となっている肉体内に不調和を生み出す。この不調和点にパーソナリティ(人格)の眼が集中し、病気の発生につながる。治療家のテクニックは下に向けられた注目を上向け、形態内の真の治療家である魂の方に向けさせることである。そのとき、霊的視覚である第三の眼は治療エネルギーをさしむけ、治療がなされる。
この法則の中に、秘教治療のテクニックの多くが秘められています。現代人の病気の多くは、横隔膜以下の三つのエネルギーセンターのいずれかのセンターにトラブルが生じている場合が多いのです。
パーソナリティの特徴が第三光線タイプであるとき、サクラルセンターにトラブルをもつことが多い。同じくパーソナリティが第六光線タイプであるとき、太陽叢センターにトラブルを抱えている場合があります。
活力不足の老人は、サクラルセンターのエネルギー不足が原因となる病気があり、青年や中年の人は、このセンターの過剰な発達がトラブルの原因となることがあります。
ストレスから消化器官にトラブルを持つ人の多くは、太陽叢センターの不活発が原因となるか、逆にそのセンターの過剰刺激が原因となることがあります。過剰刺激が原因であるか、エネルギー不足が原因であるかを見極める必要があります。
法則Ⅳの中に記述されているように、「この不調和点にパーソナリティ(人格)の眼が集中し、病気の発生につながる。治療家のテクニックは下に向けられた注目を上向け、形態内の真の治療家である魂の方に向けさせることである」とあるように、意識を上へと向けるように、話します。つまり、直接「意識をどこどこのセンターに向けなさい」というのではなく、「人間のなかには、すばらしい仕組みが隠されていて、周囲の人々との調和ができるようになると、その隠されている仕組みによって、肉体の不調和が自然となくなる」と言うような話しによって、その人の意識を上のほうに向けさせることができます。あるいは、単に美しいこと、美に関することを話題にするだけでもいいと思います。
 次回は、規定5について取り上げたいと思います。


  1. 2010/06/09(水) 05:44:56|
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かぼちゃの休憩小屋(つづき)

先生は、かぼちゃの茎がの格子状に組まれた野地板に沿ってうまく這うように、茎のあちこちから出ているばねのようなつるを示し、そのつるの螺旋が途中で、逆向きになっていることを私たちに見せてくださった。そして、自然の中に人間が学ぶべき多くの知恵があふれていることを教えてくださった。きゅうりもそうであるが、つる状の茎を這わせて広がっていく植物は、かならず螺旋形をしていて、支柱に密着できるように、細いつるが備わっている。そしてそのつるは、途中で逆向きに螺旋を描いていて、伸びたり縮んだりしても絡まらないように工夫しているのである。電話の受話器と本体を結ぶコードはこれを真似て作られている。大自然の中に知恵が詰まっているのである。先生は、時々このように自然を注意深く観察して、その中に秘められている知恵を吸収するように促された。
 昼には、休憩小屋のいくつかのかぼちゃの中から、もっとも熟していそうなかぼちゃを選んで収穫し、それをおばちゃんが料理してくれた。その味は、高級料亭の味であった。素朴に料理してあるが、かぼちゃを煮るだしは鰹節をかんなで削って、それをだし汁に使ってあって、本格的な料理であった。かぼちゃと煮魚と、先生が自ら漬けられた香のものであった。ご飯は最高においしかった。
  1. 2010/06/08(火) 06:01:09|
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