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秘教治療

アリス・ベイリーの秘教治療を紹介しつつ、ヨガの先生の教えを回想する。霊治療、光線エネルギーのまったく新しい知識を織り込んでいきます。エーテルについての知識を広めることを目的としています。

あとがき(2)

旅の初めは危うい事件があったが、無事に帰国の途に着くことができた。私の心にはなんとも言えない平安というか、安心感がしっかりと腰をおろした感じである。家内もきっと、そうに、違いない。彼女の顔の表情に、かつて彼女を悩まし苦しめていた不安の種が消えていることが読み取れた。
 サイババに出会う人は皆、彼に恋をする。女性たちはまるで恋人のように彼を慕う。男性たちは、父親のように彼を注視する。これはサイババから放射されている偉大なる愛のエネルギーのしからしむ所であろう。愛のエネルギーは引きつけ、癒し、平安の覆いで人を包む。燃えるような、恋心にも似た志向の熱情。その熱情は、自分も、あのようになりたい、という聖なる欲望を呼び起こす。サイババに認められる人となりたい。誰もがそのように思うに違いない。サイババはそのように思う全ての人々を引き寄せる。そして、ダルシャンという、大いなる魔術を施して、人々の心を変成していく。
 偉大なる魔術のエネルギーは、石炭がダイヤモンドに、粗末な野の草が芳香を放つ美しい花を咲かせる植物に、野獣のごとく餌を求めてうろつく動物が、介護犬や盲導犬のように、人に役立つ働きをする動物へと変身させる。
 そして、卑しい道の探究者たちを、偉大なる方たちの仕事を手伝う奉仕者へと変身させる。私は、インドへ行ってそれをこの目で見てくることができた。
 
 クアラルンプール航空の滑走路に豆電球が一列に並んでいる。遠くまで続く照明灯のあかりがイルミネーションのように続いている。まもなく飛行機は、飛び立とうとしている。私はアイ・マスクをつけて眠ろうとしている。頭の中で、今回のインド旅行の回想録の構想を練りつつ・・・

  1. 2010/09/08(水) 03:47:14|
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最後のダルシャン(4)

インドに来たときと、逆のコースを辿って私たちは帰国の途についた。クアラルンプールで、乗換えの飛行機を待っているときに、飯島先生のお嬢さんと話す機会を持った。彼女が言うには、プッタパルティに到着した時、木の上で猿たちが争っていたのは、ババ様の体調が完全ではなかったからだそうである。
 聖者のいる場所では、動物たちが争うことはないのが普通であるという。
 このようなことを知っているとは、まだ若いのに不思議な人である。また、彼女はお母さんと、二人でこのマハシバラトリの祭りに参加しようと考えていたが、ババがビジョンに現れて、お父さんも一緒にくるように、というメッセージを受けていた。
 私がスワミから、ビブーティを頂いたという話しがグループの人たちに知れ渡ってからは、女性たちが私に関心を抱くようになった。家内が、私が翻訳した本について、二人の女性に話している。彼女たちは私から直接話しを聞きたいと言った。私はアリス・ベイリーのことを紹介して話した。私がアシュラムで目撃していたのは、彼女が書いた本の中で論じられている光線エネルギー(注参考文献⑮参照)の働きであったと、認めることができる。
 近い将来、多くの人々がこれらのエネルギーを感知し、認識するようになるであろう。今は過渡期である。極少数の人たちが、一般の人々が無意識的、潜在意識的に感じて、行動に移しているものを、意識的に取り込み活用している。

 私は関空に向かう飛行機の中で、インドで体験したことを本にまとめようと、決意を固めていた。体験したことを一冊の本にまとめることは、大変な作業であり、これまで経験したことのない、私にとって初めてのことだった。しかし、どういうわけか、今はそれができるような感じがしてならない。その準備のために、旅行の最初の出来事を思いだしていた。
 
 「ダルシャンに参加できるのは、ババに呼ばれた人だけです」と安藤さんが言っていた。私たちはもう少しの所で飛行機に乗り遅れる所だった。諦めていれば、サイババに会えなかっただろう。

  1. 2010/09/06(月) 01:35:54|
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最後のダルシャン(3)

朝の七時、八時と二時間近く座って待ったが、ついにサイババはでてこられなかった。私だけでなく、グループの人たち全員ががっかりした。私だけではないのだ、と思うと私の方はいくらか気持ちが晴れやかになった。
 すべての人がサイババに恋こがれている。サイババの愛を受けようと一心に願っているのだ、と感じた。私は自分がある課題をクリアできたときが、サイババと再会できる機会であると感じた。すると、気持ちが落ち着いてきた。やや晴れやかな気分でホールを後にした。

 山内さんは十二時きっかりに荷物をドアの外に出すように、昨日のミーティングの時に言っていた。ところが、私たちが帰り支度をしていて、荷作りを終えるとすぐに、腰巻き様のチェク縞の布を腰に巻いた黒人たちの一団がどっどっと部屋に入ってきて、荷物を運び出そうとする。私はそれを制して、「ノー。ノット、ナウ。レイター。」もっと後にしてくれと叫んだ。彼らは、動物的な目付きで、部屋のあちこちを物色している。私たちが後に残していくものを頂こうというわけである。どこかで私たちが出発すること聞きつけてきたのだろう。迎えのバスが建物の前に止まった時点で、察知して、ポーターの仕事を取ろうとする。動物的すばしこさで動く人たちである。山内さんに確認してから、私たちは彼らにトランクを託した。
 後に残る沖縄から来た安里さんにお別れの挨拶をした。
 「また、会いましょう」。
 彼は急に一人だけにされるので、寂しげに「私もいっしょに帰りたくなった」と言っていた。彼と名刺を交換して、再会を約束して、階下に降りた。今では大声で言うことができる。
「サイラム」。
 これは、いつも守衛のお仕事御苦労さんです、という意味である。鼻の下にチョビ髭をつけた、中年のインド人も手を合わせて、「サイラム」と応えてくれた。それは、
「またおいでください」という意味であろう。

 部屋から出る時に、滞在中の生活から出たゴミをまとめてビニール袋にいれて、建物の前に設置してあるドラム缶の中に捨てた。バスの座席に体を沈めて、出発を待っていると、私たちが捨てたそのゴミの袋を黒人のポーターたちが開いて、その中から利用できそうなものがないか物色しているのを目にした。彼らの御陰で、全てのものが無駄なく、徹底的に利用されるのだ、と私は思い巡らしていた。ミネラル・ウォータを詰めたペットボトルを潰さずに、そのままゴミ袋に詰め込んだのは失敗であった。黒人のポーターたちの脇で、一人の活動的な中年の白人女性が、私たちが捨てたペットポトルの蓋をとり、本体と別々にし、本体をペシャンコに潰して、ゴミを分別していた。それは私たちがするべき仕事であったのだ。
 やがて山内さんが人数を確認し、部屋の鍵の返却などの後始末を済ますとバスは出発した。
  1. 2010/09/05(日) 05:42:41|
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最後のダルシャン(2)

毎日、短い睡眠時間で過ごしてきたから、睡眠不足が蓄積されて、その日はこれまでになく、眠くてしかたがなかった。じっと座っている間にも、いつの間にか、こっくりこっくりと首をうなだれていた。例のごとく、白装束の十五、六人の男性たちの集団がサイガヤトリを高らかに朗唱しながら、中央の通路を行進していく。マンディールの中では、女性たちがスプラバータムのバジャンを歌っている。やがて、鐘がうちならされ、それを合図にして、全員がオームを唱える。もうすぐだ。私の胸が期待感で膨らむ。オームの響きの余韻がおさまって、しばしの静寂が支配する。すると、スピーカーから物憂げな、ヴィーナとタンブラーによる演奏の音楽が流される。それはサイババが姿を現す合図である。ジット目を凝らして、サイババの家の方の通路を見ると、二センチほどの小さな、鮮やかなカーキ色のローブが、ゆっくりと動いている。いよいよ近づいてくるのだな。眠気は一気に消え去り、私はインダビュー・ルームに呼ばれたときを想像して、英語でどんな受け答えをしようかと、考えて英文を頭の中で組み立てていた。
 ところが、である。例のごとく、サイババは、全く男性陣の方には近づいてこなかった。女性陣の方に近づいて、引き返して、そのままインタビュールームに入ってしまった。すると、一人の中年の男性と、その息子さんらしい少年が立ち上がって、二人がインタビュールームへ向かっていった。恐らく、その少年はサイババの学校に入学を希望していて、今からサイババの面接を受けるのであろう。音楽がなり止んだ。今朝のダルシャンはこれでお終いである。私は他の人々をさしおいて自分だけインタビューを受けようとする卑しい心をみすかされたのだと感じた。恥ずかしい気持ちに襲われた。立ち上がって、出口に向かう途中、やや落胆した面もちのパウロさんに出くわした。彼は自分が「十五日までです」と答えたために、今日のイタビューがなかったのだと、どこかで思ったかもしれない。「あの外国の人のインタビューが終わった後、スワミは出てくるから、日本人グループは残って、スワミがルームから出てきたとき、全員で手を振って、スワミに訴えよう」と提案した。私たちは出口から引き返して、ホール中央の演壇のすぐ近くに陣取って、サイババが部屋から出てくるのを待つことにした。
  1. 2010/09/04(土) 04:52:01|
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三月十四日、最後のダルシャン

今朝は最後のダルシャンに参加する。最初の日と同じ三時三十分に待ち合わせ場所である三叉路に集まった。昨日までの混雑ぶりとはうってかわって、宿舎前の広場は人が疎らになっていた。給仕用のテントもすっかり片づけられていた。朝の空気が気持ちよい。昨日までの、どこかせかされる気持ちは消えて、ゆったりした気持ちで、籤引の広場へと足を運んだ。ふと空を見上げると、満天の星であった。全員が感嘆の声をあげた。新月で月明かりがないせいか、街灯の光にかきけされることもなく、六等星ぐらいまで見えそうである。日本の星空で言えば、八ヶ岳の山頂で目にすることができるような星空である。そして、アカシャもどきの喬木の、満開になっている花が放つ、あの甘い香りが、漂っている。街灯の光とそこを流れるように進んでいく人々の影。再び、「サウンド・オブ・サイレンス」のメロディーが聞こえてくる。
 広場に近づくにつれ、歩調が速くなり、それとともに、あのサイババの言葉が脳裏に蘇った。
「またお会いましょう」。
 パウロさんが十五日までいると答えたものの、今日が最後のダルシャンであるということは、サイババはきっと御存知であるから、ひょっとしてインタビュールームに呼ばれるかもしれない。自然と歩調が速くなり、セバの人に導かれて、広場を見下ろす丘の上に通じている、小道に並ばされた。今日は広場にはまだ列が作られておらず、一旦小道に並んでから、順番籤を引く広場の方に並び直させられることになった。丘の上につながる小道に並んでいると、私の左手に並んでいたすぐ左の列の人が立ち上がって、私をその列に入れ代わって入るように促した。私はグループの人たちと分かれて一人だけ、一つ前の列の中ほどに加わることができた。ほどなくして、籤引をする広場へと並び直すように導かれた。私は人数が一番少なそうな列の最後尾についた。そして、その列の籤は前から十五、六番であったと思う。ダルシャン・ホールでは、南北に走る中央の通路のすぐ脇の、サイババの姿が障害物なしに見ることができる、絶好の場所を占めることができた。期待は大きく膨らんだ。サイババがこちらに歩いてこられれば、きっと私の姿が目にとまるから、インタビュールームに呼ばれるだろう。そんなことを考えながら、座って待った。日本から来た、他の男性陣はと見回すと、山内さんの姿が私から十メートルぐらい左手に見ることができた。山内さんの左側に、他の人たちも並んで座っているに違いない。彼らは通路際から十メートル程さがった位置であった。
  1. 2010/09/03(金) 02:33:05|
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